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「ふふ、目…腫れちゃいましたね」
だなんて無邪気に言うもんだから、情けない僕をなんだか許してやりたくなって。
「でもいい顔だろ?」
まぁ、ある意味な。
実際は天野の方がいい顔なんだけど。
そんな僕を見て安堵したのか、天野は一息ついてから、いつもいい顔ですよと冗談で返してきた。
何馬鹿なこと言ってんだよ。と一瞥すると、天野は何かを思い出したかの様に急に立ち上がり、
「何か食べれそうですか?」
と振り返った。…と同時に僕の腹の虫が我慢できないと言わんばかりに鳴いた。
最近は何かを食べる気力もなかったから、お腹が空いたと感じるのは久しぶりかもしれない。
恥ずかしい気持ちを抑えながら小声で答える。
「お願いします…」
「ふふ、分かりました。水瀬さん、体調悪そうなのでお粥用意しますね。好き嫌いは前と同じですか?」
「え?あ、うん。大丈夫。」
急に呼び方を変えられたことに驚いた。先輩と呼ばれなくなるという事実に、少しだけ。ほんの少しだけ、心が締め付けられるようだった。
もう高校生の気持ちのままでは居られないと見せつけられているようで。
「俺はこのままでもいいんですけど、先輩だと年下感が強いな〜と。だから水瀬さんって呼ばせてください。…だめですかね?」
何故か分からないが、眉尻をさげてこっちを見つめてくる天野が犬のように思えて。撫でたいと思って上げた腕は、途中で我に返った僕自身によって止められた。
それを見て察したのか、天野は僕の手を軽く掴んでから、自分の頭の上に乗せて
「いいってことですかね…!ありがとうございます!」
とかなんとか言って、上機嫌でキッチンへと向かってしまった。
これが、モテ男か、。素直に呆気に取られてしまった。もうノンケに恋をしない、そう自分と定めた約束を破りそうになるほど。僕の心臓はバクバクと揺れていた。
天野がバイとかゲイとかだったら良かったのにな…。と不毛な考えを抱いていると、先程からしていたいい匂いが近づいてきた。天野は、
「眉間にシワ、寄ってますよ」
だなんて言いながら、お粥をもってきてくれた。態々作ってくれたんだろうか。
「ありがとう…天野、料理できたんだな…」
人生経験はこっちの方が2年もアドバンテージがあると思っていたのも覆りそうだ…。しかも美味しい。
「入社と同時に一人暮らしを始めたんですよ。親の力も借りつつですがやって行くうちに覚えました」
だなんて楽しそうに話す天野に劣等感を抱きつつあったが、その笑顔を見るだけで心が穏やかになったような気がした。
久しぶりの温かいご飯をいつもより勢いよく食べるが、最近食事を怠っていたせいか完食することは叶わなかった。
「…折角作ってくれたのにごめん。」
「仕方ないですよ。大丈夫です。」
もっと食べたかった気持ちが先行してしまい、しょげてしまう。それに、僕にとっては想いを寄せていた相手の手料理を食べれた貴重な機会だった訳で。
「でも勿体ないし…」
そういうと、天野は目尻を下げて微笑みながら、
「じゃあ俺が残り食べますから。ね?」
と言ってくれた。
ありがとう、と返そうとしてから考える。これって間接キス…だったりするよな…。顔が赤くなっていたのだろうか。天野は僕の顔を見て目を見開いてから目を細め、眩しいものを見るかのように笑った。
「冗談です」
そう言う天野に、揶揄われたことに気づく。揶揄われた恥ずかしさと、自分がそういう目的で相手にされる筈がないと沈む気持ちの寒暖差で風邪をひきそうだ。…実際ひいてるけど。
「天野にも付き合ってる人とか好きな人、いるだろうし。僕なんか揶揄ってちゃだめだよ?」
何か答えなきゃと思うのに言葉が出てこなくて、つい説教じみたことを言ってしまう。ほんと僕、可愛くないな…。と落ち込んでいると、急に天野から
「…はぁ!?」
と素っ頓狂な声が飛んできた。
「………え?」
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