青山、その路地裏にて

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 ――頭の中に、死んだときの記憶が鮮明に蘇ってくる。高速道路での、集団追突事故。家族四人で乗っていたはずなのに、死んだのはまおだけだった。あのときの痛みや虚しさは、思い出すだけでも苦しくなる。  葬式も三回忌も、随分前に終わった。それなのに、まおは十年間もこの世に留まり続けている。東京の空を彷徨いながら、ずっと過去の呪縛に囚われていた。  何で、自分だけが。時々見かける姉の姿を見ながら、まおは静かに彼女のことを憎んでいた。自分はあのとき死んだのに、何故あやめは楽しそうにしているのか。高校に行って、大学に合格して、恋をして……。自分が送れなかった未来を進む彼女を見ていると、仕方がないとは思いながらも、嫉妬せずにはいられなかった。  一ヶ月前にこのカフェを見つけたとき、これは奇跡だと思った。この店の店主が、亡霊となった彼女に「どんな願いでも、叶えてみせますよ」と言ったのだ。だから、願った。「お姉ちゃんの体に乗り移りたい」と。 「……わたし、ずっと悔しかったんです。お姉ちゃんが、わたしのことなんか忘れて、幸せに暮らしているような気がして」  そう言うと、まおは思わず嗚咽を漏らした。店主の女性は、彼女の話をじっと話を聞いている。 「でも……、お姉ちゃんはわたしのこと、一度も忘れてなんかいなかった……。お姉ちゃんの部屋には、わたしが描いた絵が飾ってあったし、わたしが図工の時間に作ったペン立ても置いてあった……。今日だって、彼氏さんがチーズケーキ買わないのかって言ってて……。『まおちゃんの分だって言って、いつも買ってるだろ?』って……!」  ぽろぽろと溢れ出した涙が、赤いスカートを濡らす。 「お姉ちゃんは、ずっとわたしのこと考えてくれてたのに……! わたしは、ずっと恨んでばっかりで……!」  ……優しく、背中を撫でられる。店主の温かい体温が、そっと伝わってきた。 「すてきなお姉様ですね」 「はい……」  しばらく泣いた後、まおはごしごしと目を擦った。顔を上げ、店主の顔をしっかりと見つめる。 「……この体、お姉ちゃんに返します」  まおの決断を聞くと、女性は目を細め、柔らかく微笑んだ。 「分かりました」  彼女は立ち上がると、グラデーションの美しい魔法瓶を持ってきた。中でふわふわ動くもの。それは、あやめの魂だ。蓋を開けると、その魂は空を彷徨い、やがてまおの手の平までやって来た。  まおは椅子から立ち上がり、その魂と向き合った。深呼吸をして、最後の言葉を掛ける。 「お姉ちゃん、今までありがとう」  最高の笑顔でにっこりと笑い、そっと魂を包み込む。 「わたしたち、ずうっと一緒だよ」  まおはあやめにそう囁いた。
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