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「それじゃあ、また来週」
「うん! またねー!」
楽しいデートの時間は、あっという間に終わりを迎え、東京は赤い夕陽色に染まった。あやめは去り行く彼氏の背中に、元気よく手を振る。
「あー、今日は楽しかったなー!」
今日のデートは、本当に充実していた。朝から色々な美術館を見て回り、昼食は彼がセレクトしてくれたレストランで、美味しいパスタを味わった。その後はゆったりとした公園でひとときを過ごし、コーヒー片手に鑑賞した絵画の感想などを交わした。思い返すだけで、あやめの口からは笑みがこぼれてくる。
鼻唄を歌いながら、お土産のチーズケーキが入った紙袋を抱え、六本木駅へと向かう。この調子なら、明日の大学の講義も頑張れそうだ。
――そのとき、ふと左を向くと、そこには小さな灯りのともった裏路地があった。オレンジ色のランプが、見る人の心を明るくする。思わず寄り道したくなるような、そんな小道が続いていた。
「……」
そのランプが視界に入った途端、あやめは鼻唄を止めた。何かに取りつかれたように、じっとその奥を見つめてしまう。誰かに「おいで」と言われているような、そんな気がしたのだ。
「い、いやいや! こんなところで、寄り道している場合じゃないぞ、わたし!」
――はっと我に返るとともに、彼女は慌てて首を振る。今日は彼とデートをしてきたではないか。それに、明日は一限から講義がある。課題も終わっていないのに、こんなところで寄り道している場合ではない……。
……その思いとは裏腹に、あやめの足は裏路地へと向いていた。可愛らしい灯りの間を、ゆっくりと歩いていく。数歩進んだ頃には、「引き返そう」という考えは、跡形もなく消えていた。
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