無意識下の記憶

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無意識下の記憶

「ただいま。お? いい匂い……今日のメニューは何?」  玄関から楽しげな浩成の声がする。楓真はぼんやりする頭で今日の一日を思い返した。午前中に掃除をしてから買い物に行き、少し浩成とメッセージのやりとりをしながらロールキャベツを作ったんだっけ……と、記憶を辿る。 「ああ、おかえり。えっとロールキャベツ作った」 「マジ? 俺の好物。嬉しいな」  楓真にとって浩成の好物など記憶にはない。それでも意図せず浩成がはにかみ喜んでくれる姿を見て自分までほっと嬉しい気持ちが膨らむ。「手を洗ってきて」と楓真はスーツの上着を受け取り、食事の支度を始めた。  毎日同じように過ぎていく日々──  目の前で自分の作った料理を食べる恋人の男。楓真自身は意識が戻った日から食欲はない。それでも体調を崩すといけないからバランスの取れた食事はちゃんととろうと浩成に言われ、しかたなく料理を口に運んでいた。はっきり言って味もよくわからない。それでも自分を大切に思ってくれる浩成のために、安心してもらいたいと思い、自分が生きるためだけに食事をしていた。 「俺の作った飯、美味い?」 「ん? 当たり前だろ、美味いよ。いつもありがとうな。今日は楓真のロールキャベツが食べられてめっちゃ嬉しい。仕事の疲れが吹っ飛んだよ」  浩成はそう言ってにっこりと笑った。そんな浩成の笑顔を見た楓真は複雑な気持ちになる。今日はたまたま作ったメニューが浩成の好物だっただけ。特別に喜んでもらいたくて作ったわけじゃない。それでも無意識のところで覚えていて、自然とそのメニューにしたのだったらいいなとは思う。  自分には「愛した」人の記憶がないから、今の楓真には浩成の気持ちがわからない。楓真にとって、浩成は一ヶ月程前に初めて会った他人にすぎない。自分のことを忘れてしまっている愛しい人と一緒に生活をしている浩成は、どんな気持ちで毎日を過ごしているのだろうか。自分だったら何を聞くでもない、怒るでもない、ただ笑って穏やかに毎日を過ごすなんてことはきっとできないと思う。 「ねえ、浩成君はなんで俺にそんな風に接することができるの? 早く思い出せよって思わない? イラつかない?」  相手が自分を恋人だと認識してないのに、恋人同士を演じて生活をするのはどんな気持ちなのだろう。虚しく思わないのだろうか。なかなか思い出さないことに怒ってもいいのに、決して怒ることもせず常に笑顔を見せ安心させてくれる。そんな浩成に対して楓真は罪悪感がどうしても拭えなかった。 「いいんだよ、お前はそんなこと気にしないで。俺は楓真が生きていてくれただけでありがたいと思ってるから。何度も言ってるけど、焦らなくても記憶はそのうち戻る。だからその時まで、穏やかに過ごそう? 大丈夫。心配ないから……」 「そもそも俺たち本当に恋人同士、だった……のかな?」  楓真のその一言で、浩成の顔が少し強張ったのがわかった。
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