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ビジネス街でもない、危険地帯でもない、これといって特徴のない街区の、雑居ビルの地下だった。
平凡な施設を装っているが、Aクラス以上の電磁暗室に思えた。
男は、身長も肩幅も私より二まわりも大きい、四十がらみの白人の男だった。ラグビーかレスリングをやっていたかのような筋肉のつきかたで、腹回りもひきしまっていた。
もっとも今の時代、身体的特徴など服を着替えるように変えられる。見た目で判断できることなどほとんどない。男か女かさえ断定できなかった。
彼はイーサン=シュライバーと名乗った。
私を見つけ出して殺して、と呼びかける、テキストメッセージを私に見せた。
「数週間前からネット上に拡散しているらしい」
シュライバーは言った。
そこそこに有害なアドウェアがばらまく、無数の広告の中に、そのメッセージが紛れ込んでいるのだという。確かに奇妙な話ではある。
「それの、どこが問題なんです?」
イーサンという名の男などいくらでもいるだろうし、それが彼のことだったとしても、この文面に不利になる情報が含まれているようには思えない。
私が見上げると、シュライバーの目がかすかに泳いだ。一呼吸置いたのち、彼は言った。
「十五年前、私宛に、まったく同じ文面のメッセージを受け取ったことがあるのだ」
「それが、ファビオラ=アンテローニからだった、と?」
「そうだ」
「彼女とは、このテキストのような関係だったのですか」
「それは、君には関りがない」
「受け取ってからずっと放置して、今になって私立探偵を雇おうと思った理由は何ですか」
「私には妻子がある。地位もある。そして、敵がいる」
あまり気持ちのいい話にはなりそうになかった。だが、こういう需要があるから、今の時代に私立探偵などという仕事が成り立つのだ。
「殺しは、請負いませんよ」
「承知している」
イーサン=シュライバーは去り際、ファビオラの市民コードを置いて行った。
戦前のものだった。
シュライバーとファビオラはごく短い期間結婚していたことがわかった。
シュライバーと別れてから、ファビオラはロサンゼルス、ミラノ、デュッセルドルフ、と都市国家を転々として、最終的に宇宙へと上がった。
そこで、戦争が起こった。
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