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翌日はスウェロニア家が代々受け継いできた鴨猟が行われる湿地帯にぼくもお供することになった。
ハイリ専属の使用人として奥様が選んでくださったのだった。ハイリの母上として高貴な妻でありながら、海の懐のように深い慈悲の心を持った美しい人だった。
「オズ。望遠鏡を貸してくれ」
「はい」
幼い頃は血の臭いを苦手としていたハイリだったが、騎士官学校で血の臭いに慣れたのか鴨猟にも熱心なように見えた。ぼくはそれを不思議と注意深く見守っていた。あの優しいハイリが鴨を撃ち落とすのを見たくなかったのだ。
ハイリが鴨を撃ち落とすのを見るのが怖くてぼくは沼から目を背けていた。だから気づかなかったのだ。鴨と同じくこちらを狙う猟師の視線に。
「死ねェェェ」
そのとき、ぼくには何が起こったのかわからなかった。ハイリのまわりの空気が変わったのはわかったが、目の前には突きつけられた刃に目を見張るのが精一杯で動けなくなったのだ。
「オズ!」
ハイリを守るべく防衛網が張られた中に賊が混ざっていたのだった。ぼくはちょうど賊から見てハイリの正面に座っていたのだ。賊はまず、視界を邪魔するぼくごとハイリを突き殺そうとしたのだった。
しかし、賊はぼくに触れる前に倒れた。瞬時にぼくの前に出たハイリの肩を刃が掠めて近衞兵に刺し殺されたのだった。
鼻に染みつく血の臭いにぼくはくらりときた。膝をついて肩を押さえるハイリをぼんやりとした目で見つめていることしかできなかったが、その肩から流れる血を見て我に帰った。
「ハイリっ!」
「オズ……騒ぐな。それほど深くない」
「でも、血がっ」
「それに、血生臭いのには騎士団寮で十分慣れた」
近衞兵に手当てをされているハイリを見てぼくはただ自分の愚鈍さを呪うしかなかった。ぼくは専属の使用人で、ハイリを守らなくてはならなかったのに、逆に主人に守られてしまった。しかも血を流させるなど、許されるわけがない。
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