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屋敷の使用人として坊っちゃんをお見送りしなくてはならないため、ぼくも屋敷の庭に停めてある馬車の前に整列した。気分は憂鬱そのもので、ぼくの視線は足元に落ちていた。
そんなときだった。ふっと現れた大きな影がぼくの体を太陽から隠したのは。
「少し、待ってくれ」
馬車の使いに声をかけて、ハイリはぼくの腕を引っ張って花園に向かって歩いて行った。なにを言われるのだろうとぼくはビクビクしながら足を動かした。
「オズ。顔を上げてくれ。おまえのかわいい顔をぼくに見せておくれ」
主人の命令は絶対だ。ぼくはゆっくりと顔を上げた。そこには困ったように笑うハイリがいた。
「ぼくはまた男臭い騎士団寮へ戻ることになる。だからオズの顔を目に焼き付けておいて、辛い時、苦しい時はオズの笑顔を思い出して頑張りたいんだ」
だから、とハイリはその美しい形をした唇から言葉を紡いだ。
「ぼくのために笑っておくれ」
目を細めて笑うハイリを見て、ぼくは目を見開いた。こんなふうに頼まれたのは初めてだった。ハイリがぼくにお願いをしている。それに驚いてしまって声が出せない。
だってハイリはいつでも逞しくて、頭が良くて、ぼくの持っていないものをなんでも持っているから。だから、ぼくは咄嗟に口に出してしまった。
「にいさま。なぜですか? なぜぼくにお願いをするのですか? にいさまは何でも持っているではないですか」
うーん、と天を仰いで温室の天井を見上げると。ハイリはしばらく考え込んでからぼくに目をやった。
「ぼくに持ってないものをオズも持っているんだよ」
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