にいさま

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 夢は、ぼくをいつものぼくではいさせてくれなかった。  見たこともない細長い肢体を持つ毛むくじゃらの犬がぼくのほっぺを舐めてくれる。庭には紫色の光の珠のような花がたくさん植えてあって、そこからはいい匂いがした。それをかいでいると、そばでぼくを見守っている背の高いおじいさんが、手招きをして屋敷に連れて行く。ぼくはその後ろをぺたぺたと歩いてくっついていく。  屋敷の中心には螺旋階段があって、朝日が差し込む上の階から男の人が優雅な足どりで降りてくる。カシャン、カシャンと剣を腰につけてきたその人は、ぼくの頭をぐしゃぐしゃになるまで掻き回してくる。そして、少し変わった発音で綺麗な唇からぼくの名前を放つのだ。 「オズ」 と。  そんな夢が温かくて、嬉しくて、胸の中にぽっと灯がともるような気がした。夢でもいい。死んでしまう前に、こんな幸せな夢を見れるだけでいい。見たこともない花を見て、してもらったこともない髪の撫で方を想像して苦しくなった。  雪はぼくが背を預ける家の扉を半分埋め尽くさんと猛威をふるっていった。背中を預けて手足を伸ばした姿勢では、既に下半身が白い雪で隠れてしまっている。 「……っ」  ガチガチと歯を震わせながら、ぼくは最後の眠りにつこうとしていた。  山の向こうから、ウオオンという狼の遠吠えが聞こえてきて、それが金切声のように聞こえてぼくは耳を塞ぎたくなった。群れからはぐれてしまった子どもの狼が、親を呼んでいるような幼い声だったから。  気を抜けば一瞬で意識がなくなるような状態になり、いよいよ瞼が重くなってくる。眠ってはだめだと思いながらも、凍ったまつ毛がさらに重力に従い、瞳を隠していく。  ぼくの命の火が消えかかったとき、ふと街の中央の街道から馬のいななきが聞こえてきた。それは徐々にぼくの家の方へ近づいてくる。中央に仕える騎士団が税を取りに来たのだろうか。この一帯の家にはもう納めるものはないと言えば、見逃してもらえるだろうか。まわらない頭でなんとか刑罰から逃げる道を探す。死に際のこんなときでさえ罰を逃れようとするのが、ぼくの最後なのだろうか。
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