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おとうとになった日
それから一晩明けると、ぼくは意識を失ったまま少年の屋敷に連れていかれた。後々の経緯を少年から聞けば、汚いぼくとしばらく面会謝絶になったという。
ほんとうは早く会いにきたかったんだよ、と言われたのはぼくが屋敷に来て一週間が経ったころだった。
「としはいくつ?」
「しゃべれる?」
「きこえてる? おーい。やっほー!」
「……」
どうやって人と話していたのかすら忘れていたぼくは首を傾げることしかできなかった。炭鉱では無言でも働けたし、家にいても話をしたことがほとんどなかったからだ。
「まぁいいや。ぼくが教えてあげるよ」
嬉しそうにはしゃぐ少年をよそに、慣れないふかふかのベッドに横になっているのが変な気持ちになって降りようとすると、全力で阻止される。
「だめ! まだ寝てて」
おずおずとベッドの中に戻ると少年は満足そうに笑った。笑うとほんのりえくぼができて、それが彼を年相応の子どもらしく見せた。
赤い絨毯が敷き詰めてあるふわふわの床には、眩いほど磨き上げられた木製の家具が置いてある。まるで夢で見た屋敷のようだと思いながら、ぼくは目の前にいる少年を見た。
「ハイリってよんで」
「?」
「ハ、イ、リ。いえる?」
少年の名前らしい。ぼくは一生懸命少年の口元の動きを真似して言葉を発しようとした。しかし、喉がつかえてうまく声が出せない。
「っハ、ィ、リ」
「そう! ハイリ! ぼくのなまえおぼえてね」
必死に出した小さなぼくの声を彼はしっかりと聞き取ってくれた。布団にくるまったぼくの頭をくしゃくしゃにしながら、ハイリは嬉しそうにベッドの上で跳ねる。その振動が意外にも心地よくてぼくはうっすらと目を閉じた。
「きみのなまえをおしえてよ」
ずいずいとぼくの布団の隣に入ってきたハイリが目をらんらんとして聞いてくる。ぼくは静かな声で息を吐くのと同時に自分の名前を呟いた。
「オズ……オズワルド」
最後に名前を呼ばれたのはいつだったろう。
「オズ……うん、おぼえた」
ハイリがぼくの頭の後ろに手を回す。そしておでこをこっつん、とくっつけてきた。
「きょうからオズはぼくのおとうとになるんだ。だからぼくは、オズのにいさまになる」
ぼくはこのときからスウェロニア家のオズワルドとして、二度目の生をうけたのである。
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