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「オズっ」
昼時、いつものようにガラス張りの温室花園で休んでいるとハイリがこっそりと姿を現した。しーっと唇に手を当てて近づいてくる。
「どうしたのハイリ?」
ハイリに弟扱いされているのを屋敷の皆は知っているから、ぼくだけが使用人の身でありながらハイリに様を付けずに呼ぶのを許されていた。
「じぃさまが遠方へ軍議に行くから午後の講義はなくなったんだ。でも、その代わりに剣練の訓練があるから逃げてきた」
ハイリはぼくより3つ年上で、今年12歳になるという。ぼくは9歳の誕生日を迎えたばかりだった。ちなみにぼくの誕生日はぼくが屋敷に来た日だと決められた。
「剣の訓練は嫌いなの?」
「特別嫌いってわけじゃないよ。ただ、すごく疲れるからたまには休みたかったんだ」
それに、とハイリが続ける。
「もう来年は騎士団の寮に入って朝から晩まで剣を振るうんだ。今休まなくてどうする」
そうなのだ。ハイリはこの冬を越して春になったら騎士団の見習いとして寮に行ってしまう。ハイリとこうして話せるのもあと3ヶ月ほどしかないとわかると、寂しい気持ちになり夜には不安で眠れなくなるほどだった。
あまりにも不安な顔をしていたのか、ハイリがぼくを見て笑った。
「なあに。ちゃんと夏の休暇には屋敷に帰ってくるさ。それまでいい子でいるんだぞ、オズ」
頭をぽんと撫でられ、ぼくは何も言えなくなってしまった。所詮は一族の長男と使用人なのだ。歩む道はすでに子どもの頃から分かれている。
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