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(1)
十二月である。世間はすっかりクリスマスに向かって突っ走っている。
遥には縁のない行事だ。
捧実の儀から二ヶ月たった。なのに俊介が戻ってこない。二ヶ月に一度は戻ると言ったくせに。
年末年始にかけては新たな凰にとっての最後の難関、年越しの儀がある。そのことについて聞いておきたいし、当然世話係として付き添ってくれると思っていた。
だが、俊介は帰ってこない。隆人に訊いても明確な返事が得られないことで、よけいに落ち着かない。
「お前は年越しの儀に集中しろ。定めをきちんと頭に入れておけ」
そう隆人に言われ口を尖らせたが、反論はできなかった。
年越しの儀にはいくつもの定めがあり、それらをまとめた書物がある。白手袋をはめた遥の手に渡されたのは古文書のような和綴じ本だ。表題からして筆書き草書。内容も同様である。
「読めるわけない」
投げ出すわけにはいかないので布を広げたテーブルの上にそっと置き、手袋を外した。
「そうおっしゃると思いまして、楷書で印刷いたしました」
笑顔の諒が、綴じられた紙束と古語辞典を差しだしてきた。思わず顔を顰めてしまう。
読める文字になったといっても、現代語訳されているわけではない。ぺらぺらと繰るだけでめまいがした。しかし、諒がにこやかに見張っている。仕方なく表紙をめくった。
中学高校で古文が苦手だった遥には一ページ目から文章の意味がわからない。文字の羅列の上を目が滑る。二ページ目でもう眠気が差してきた。
「遥様」
こくっとしたのを諒は見逃してくれない。しぶしぶ一ページ目に戻すと、辞典を引きながら余白に語釈を書きこんでいく。
俊介がいればと、つい思ってしまう。俊介ならこれを遥にわかるよう、現代語に読み解いてくれるだろう。遥を一人前の凰にすることを目標にしていたのだから。
帰ってこないのは凰に対する裏切りだ。そんな言葉が頭をよぎるが、これは完全な八つ当たりだと自分でもわかっている。俊介は遥を――凰を守る技量を取りもどすための修行で側を離れている。すなわち遥の安全のためだ。だが、どうしても俊介がいないと落ち着かない。俊介とは出会いから今までさまざまなことがあったものの、遥が一番頼りにできるのはやはり俊介なのだ。
最近は湊も隆人の命で頻繁に留守をするようになった。気楽に話のできる相手だったから、これも不満だ。しかも戻ってくるたび、元気がなくなっている気がする。休みの日も朝稽古と朝食をすませると一人でどこかへ出かけているらしい。
何だか少しずつ遥の知っている桜木家ではなくなってきた気がする。
ため息をつきながら、辞典のページを繰った。
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