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 遥の抱える鬱屈を察してか、現在側に仕える最年長の世話係としての気遣いからか、俊介が遥の許を離れた後から則之がよく話しかけてくるようになった。  今もリビングに茶と菓子を届けながら、声をかけてくれた。 「俊介のことが気になりますか?」  茶をすすった遥は口を尖らせた。 「当たり前だろう? 年越しのときは戻ってくるんだろうな?」  則之が困ったように眉根を寄せた。 「それはわたくしにもわかりかねます。ですが、遥様の初度(しょど)の年越しの儀に御世話係ができなかったとしたら、俊介なら悔やむでしょう」 「そうかな?」 「はい、遥様は危なっかしいところをお持ちですから、今頃気が気でないと存じます」  すました顔でからかってくる則之に遥はむくれた。山茶花(さざんか)の練り切りを切りわけた黒文字を則之に向ける。 「俊介に言いつけてやる。叱られろ、則之」 「それはご勘弁ください」  大きな体を縮こめる則之と顔を見合わせ、二人で噴きだした。  則之は聞き上手で、今までに子どもの頃のことや父のことなど、いやなこともいいこともいろいろ話してきた。俊介では相手にならない夜の相談にも乗ってくれる。  今日は強引に前に座らせて、隆人や桜木の子どもの頃の話を訊ねた。 「隆人様は十代の頃から落ち着いていらっしゃいました。頼りになるお方で、幼い頃からお仕えできるのがうれしかったのを覚えております」  遥は注意深く訊ねた。 「俊介はどういう子どもだった?」 「優秀な跡継ぎでございました。剣術も体術も父親から直接厳しい手ほどきを受けておりましたので、わたくしどもは、かくれんぼでも足元にも及びませんでした」 「かくれんぼをしたのか?」  そんな遊ぶ暇はなかったと聞いているが。  則之が懐かしそうにしている。 「正月は本邸で隆人様の御前に同世代の子どもが集められ、無礼講で遊ぶのです。カルタ取りなどでは俊介は分家の方々に花を持たせておりましたが、かくれんぼは気配を消してしまうので決して見つかりませんでしたね。隆人様がお呼びになってやっと姿を現すありさまで、桜や滝の者でさえまるで勝負になりませんでした」 「気配を消すって忍者か? 本当にそんなことができるのか?」 「できます。無我の境地とでもいいましょうか、己が生きていることを忘れ、無機物であるかのように気配を断つのです」 「呼吸はしているのに?」 「呼吸法も変えます。静かに細く長く最小限の酸素が全身に行きわたるように」  遥は菓子を口に運び、茶を飲んだ。 「で、それを俊介は子どもの頃から身につけていたというわけか」  はい、と則之が大きく頷いた。遥は首を傾げる。 「俊介ってそんなにすごいのか、加賀谷の道場の中で」 「天才です」  則之の即座の断言に、遥は若干引いた。 「身体能力、技術、胆力、集中力、判断力のすべてに秀でています。力の強さだけでいえばわたくしの方が体の大きい分有利ですが、いざ立ちあうと手を出す隙がありません。その一瞬の迷いの中で懐に踏みこまれて首に剣を当てられたり、躱されて投げられたりと、一本を取るのにも命がけです。同じ免許皆伝の身でありながらお恥ずかしい話ですが」 「命がけ……?」  思わずこぼれた反問に則之が苦く笑った。 「俊介は、稽古でも同等の者には殺気を放ちます。その殺気に飲まれて、竦むこともございます」 「同じ一族の稽古仲間だろう? 従弟や弟にも殺す気でかかるのか?」 「無論俊介もそれをする相手は選んでおります。武道とは元来、(いくさ)のためのもの。他領の侵略を退けるためには事前にどんな手段も講じますが、最後は命のやりとりになります。戦場で殺気に臆するようでは武を会得したとは申せません」  則之の目を静かに遥は見つめる。 「それは現在もか?」 「遥様をお守りするのに我らは命を賭けます。隆人様の御為にもあるとあらゆる知識と力を振るいます。その筆頭が俊介です」  重いと遥は思った。加賀谷の――隆人のより良い未来のため身を捧げる遥だが、それを支える者たちの思いはあまりに深い。
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