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「ダメ子!」  罵声とともに、地元名産のどでかい栗を使ったモンブランが、アパートの天井にシュプールを描く。この額を直撃して、跳ね返ったのだ。  なぜか脳内に響く、アヴェマリア。コンビニで購入ほやほやのモンブランは、その甘さで、人間の疲れた身体と心を一度も満たすことなく果てた。 「あれ……? やっちゃん、栗のケーキ、好きじゃなかった?」  わたしは問いかける。背中を反らせたままだから、窮屈な声が出た。きっと喜ぶだろうと、今日のお詫びも兼ねて買ったのに。 「だからお前は、多恵子じゃなくて、ダメ子だっつうんだよ」  やっちゃんが吐き出す強いため息は、怒っている(あかし)。 「栗なら何でもいいわけじゃないんだっつうの! 俺が好きなのはタルト。モンブランは歯応えがなくて嫌いなんだよ!」 「そ、そっか」  わたしはぴょこんと頭の位置を戻した。そういえば、過去にそんなことを聞いた覚えがある。その反動のままに、猛烈な勢いで絨毯に伏した。 「ごめん、やっちゃん」  完全にわたしのミスだ。  そろそろと顔を上げる。  やっちゃんはベッドにもたれかかって、ナイフで皮膚を裂いたみたいな切れ長の目をゆがませていた。  鼻筋もシャープで、唇も薄い。いつもながら、全体的に無駄がない。すべてのパーツが丸っこいわたしからしたら、初めて見た時からそれらは憧れだ。 「ったく、気が利かねぇし、物覚えは悪いし、本当にダメ子だな」 「えへへ」 「俺は、お前に自慢できる彼女になって欲しいだけなんだ。俺が好きならできるだろ?」 「うん」 「よし。じゃあ、名誉挽回のチャンスを与えてやる」 「やっちゃん、神!」  そうしてわたしは、再び街を走っている。
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