12人が本棚に入れています
本棚に追加
4
「ダメ子!」
罵声とともに、地元名産のどでかい栗を使ったモンブランが、アパートの天井にシュプールを描く。この額を直撃して、跳ね返ったのだ。
なぜか脳内に響く、アヴェマリア。コンビニで購入ほやほやのモンブランは、その甘さで、人間の疲れた身体と心を一度も満たすことなく果てた。
「あれ……? やっちゃん、栗のケーキ、好きじゃなかった?」
わたしは問いかける。背中を反らせたままだから、窮屈な声が出た。きっと喜ぶだろうと、今日のお詫びも兼ねて買ったのに。
「だからお前は、多恵子じゃなくて、ダメ子だっつうんだよ」
やっちゃんが吐き出す強いため息は、怒っている証。
「栗なら何でもいいわけじゃないんだっつうの! 俺が好きなのはタルト。モンブランは歯応えがなくて嫌いなんだよ!」
「そ、そっか」
わたしはぴょこんと頭の位置を戻した。そういえば、過去にそんなことを聞いた覚えがある。その反動のままに、猛烈な勢いで絨毯に伏した。
「ごめん、やっちゃん」
完全にわたしのミスだ。
そろそろと顔を上げる。
やっちゃんはベッドにもたれかかって、ナイフで皮膚を裂いたみたいな切れ長の目をゆがませていた。
鼻筋もシャープで、唇も薄い。いつもながら、全体的に無駄がない。すべてのパーツが丸っこいわたしからしたら、初めて見た時からそれらは憧れだ。
「ったく、気が利かねぇし、物覚えは悪いし、本当にダメ子だな」
「えへへ」
「俺は、お前に自慢できる彼女になって欲しいだけなんだ。俺が好きならできるだろ?」
「うん」
「よし。じゃあ、名誉挽回のチャンスを与えてやる」
「やっちゃん、神!」
そうしてわたしは、再び街を走っている。
最初のコメントを投稿しよう!