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「栗のタルトを売っているケーキ屋さん、ないなぁ」  駅の周辺にまで戻った。  洋菓子店は何軒かある。だけど、旬の時期で栗をメインにしたケーキはどのお店でも扱っているものの、大概がモンブランだ。タルトとなると、なかなか見つからない。 「どうにかしてタルトを持って帰らないと、また怒られちゃう」  とはいえ、そろそろ時間的にも厳しい。  この辺りの洋菓子店はチェーン店ではないから、午後三時のおやつタイム前後をピークに、それを過ぎたら早々に店じまいしてしまう。実際、回ったお店はどこも、すでにショーケースに並ぶ品数が乏しかった。 「せっかく挽回のチャンス貰えたのに」  頑張らないと。  ダメ子と呼ばれてしまうことは、しかたがない。わたしは本当に鈍臭いから。でも、だからこそ、褒められた時は空を飛べそうなくらい嬉しいのだ。   早足で歩きながら、周りをきょろきょろと窺いながら、バッグに手を突っ込んでスマホを捜索する。検索アプリを起動させて、まだ訪れたことがない、埋もれた洋菓子店がないか探してみようと思った。ところが、スマホがこの手にちっとも捕まりやしない。  異空間と繋がっているわけでもあるまいし、とバッグの口を顔の前に持ってきたところで、背中に衝撃。  人が追い越しざまにぶつかったのだ。  わたしは小さく悲鳴を上げる。右足の先が急に浮いた。眼下に階段があった。    階段落ちってやっぱり痛いんだろうな。そう覚悟して両目をつむったけど、痛くなかった。  なぜか落ちなかった。バッグだけが中身をぶちまけながら、階段を転がっていく。  わたしは前後に両腕を広げた格好で、それを茫然と見ていた。右足は空中に浮いたまま。振り返ると、見覚えありありのイケメンが、わたしの左手首をがっちり掴んでいた。 「ストーカーさん」  わたしと彼がほぼ同時に、見開いた目をばちばちとしばたたいた。 「ご、ごめんなさい」  彼の顔は、日の丸弁当の梅干しより赤い。  こんな声していたんだ、とぼんやり思った。
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