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「どうして、ごめんなさい?」
彼の助けを借りて体勢を立て直してから、首をかしげて問いかけた。
わたしの惨事を救ってくれたのだから、彼が謝る必要なんてない。あのまま落下していたら、コンクリートにしたたか頭を打ちつけて、本当の意味でのダメ子になっていた可能性は大いにある。
彼は素早かった。
サラブレッドの出走並みのスピードで、ざっとその場から離れると、近くにあった立て看板の後ろに隠れた。隠れたと言っても、その高さは腰くらいしかない。しゃがみ込んだところで、肩から上がばっちり見えている。
彼が盾にした看板に書かれた文字が「犯罪行為を許さない」で、この辺を管轄する警察署で設置したものらしく、意図的ではないとわかっていても、噴き出しそうになってしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
怒濤の勢いで謝る彼。
「いつもいつもこそこそ様子見ていたりして、本当にごめんなさい!」
「え? あ、うん」
週末の夕方。駅から近いせいもあって、人通りは多い。誰もが何事かと怪訝な視線を飛ばしながら、わたしたちを追い越していく。見方によっては、悪者はわたしのほうに見えるかもと思うと、気もそぞろだ。
「でも、そのおかげで、と言うのも変だけど、ケガするのを回避できたし。ありがとう」
わたしは手を膝の上で揃えて、身体を直角に折り曲げる。
頭の片隅に、渋面でこちらを睨む奈保の顔が浮かんだ。お人好しすぎる、という声さえ聞こえてきそう。でも、彼に助けてもらったことは事実。お礼を言ってしかるべき。
「だ、だけど、こんな気持ち悪い僕なんかが、あなたに触れてしまうなんて」
「うーん」
それには、なんて答えたらいいものか、と考えあぐねる。
彼はストーカーだ。わたしへの好意からだとしたって、お世辞にも気持ち悪くないとは言えない。
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