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そうかと思うと、彼は勢いよく立ち上がった。
「バッグ! バッグを拾わないと」
「ああ」
そういえばそうだ。
発色のいい赤色が気に入って買ったものだけど、バッグ自体は安物。盗まれたって惜しくないとは言ったって、スマホや財布を持っていかれては困る。スマホは特に、落ちた時の衝撃で逝っていないかも気になるところ。
「かわいいバッグなのに、盗られたら大変だ!」
わたしに風圧を浴びせて追い越していったはずの彼は、階段の手前で、しおしおと枯れるかのようにまたしゃがみ込んだ。
「……でも、僕に拾われたら、もう使えなくなっちゃうよね」
「うーん、なるほど。気持ち悪いのもそうなんだけど、ぶっちゃけ面倒臭い」
「穢れてしまうのはもちろん、こそこそとつけ回す僕が触って、もし多恵子ちゃんにストーキング菌がうつったら」
「初耳だけど、それはわたしもストーキングしたくなる菌なのかな。あと、さらっと名前呼んでいるのなにげに怖い」
教えた記憶ないのに。そこはストーカーたるゆえんか。恐るべし。
わたしは噴き出してしまった。
「本当にネガティブなんだなぁ」
今度は背後に誰もいないのを確かめてから、安心して階段を下りていく。
「それ、誰から聞いたの?」
彼も慌てた様子で追いかけてきた。身長はわたしと変わらないくらいだけど、服装はおしゃれで顔も整っているのに、慌てているからかガニマタだ。
そういや、自称・料理人だという彼の名前は聞いていない。
「シェフくん?」
自信なく答えてみるけど、カフェの料理を作る彼は、その呼び名で合っているはず。
彼は長い睫毛をばちばちと上下させて驚いた。
「え、うちの? 松ぼっくりくん?」
「松ぼっくりくん?」
変わったニックネーム。
「間違えた。谷中くん」
「どう間違えるんだろ」
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