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わたしのセリフに、彼ははにかみながらも嬉しそうに笑う。
「じゃあ、もし時間が許すようなら、お店に寄ってもらえる?」
「うん。ありがとう。お願いします」
意外と話せるどころか、穏やかで話しやすい。顔のパーツがどれも美しくて配置も完璧な彼は、笑ってもそれが崩れないものだから、目にも健やか。
改めて、どうしてこんな人が、わたしのストーカーなんてしているんだろう。
にこにこと笑い合っていたかと思うと、彼は急に青ざめた。空気を切る音が聞こえるほどの素早さで、はるか後方に退く。
「わわわわわわ! ごごごごごごめんなさい! 僕なんかが気軽に多恵子ちゃんと話すとかかかかか!」
「うーん。なんとなくその理由がわからないでもないような」
🍰
「そういえば、わたし、あなたの名前まだ聞いてない」
ランチ後にも訪れた、アンティークとメルヘンが同居したみたいなカフェの前。それほど間を置かずにまた来ることになるとは、あの時は思いもしなかった。
ドアの取っ手に指をかけたまま、彼は少しだけびっくりした顔をする。
「な、名乗るほどの者では……」
「時代劇みたいなセリフ吐いてないで。わからないままだと、呼ぶ時に困るよ」
思わず苦笑してしまうと、彼はためらいながらも教えてくれた。ものすごく小さな声で。
「え、え、聞こえない。周波数合わないのかな」
本当に一文字も聞こえなくて、後ろに立っていたわたしは彼の後頭部に耳を寄せる。
彼は、ぎゃ、とうめいたあとで、
「……一ノ瀬 翔!」
飛び上がりはしなかったものの、マッハで店の中に飛び込んでいってしまった。
室内で上がる、なぜか軽やかなどよめき。
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