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「こっち、こっち」
小学生よろしくぴんと腕を伸ばしたら、勘違いされたみたい。満面の笑みの店員さんと奈保が、親友のように肩を並べてテーブルにやってきた。
アルバイトさんなのだろうか、すでに悟って真っ赤な顔しているのに、とんぼ返りさせるのは心が痛む。とは言っても食事はまだ決めていないから、スペシャリティコーヒーを二つ注文した。
「多恵子はいつかきっと、他人のために身を滅ぼす」
とは、奈保がしょっちゅう言ってくるセリフ。
失礼だな。わたしはホストに貢いだことはないし、恋人に請われて臓器を売ったこともまだないというのに。
「奈保が仕事お休みでよかったぁ。せっかくの週末に、ぼっちランチはわびしいもん」
言ったあとで、派手なくしゃみを一つぶちかます。
「また、すっぽかされたんだ」
鼻の下を指でこすりながら、わたしは首を振った。
「怒らせてキャンセルになっただけ」
「それはもう、すっぽかしでいいよ」
奈保も首を振ったけど、こちらはため息をつきながらだ。バッグからティッシュを出して、差し出してくれた。
先程の店員さんが、いそいそとコーヒーを運んできた。銀色のトレイから、高級そうなカップを二つ下ろしたあとで、わたしと奈保はそれぞれにランチプレートを注文する。
「で、今度は何が気に入らなかったの? 多恵子の彼氏殿は」
「今どこにいるのって訊いたから」
「はぁ?」
テーブルの端からスマホを取って、画面を奈保に向けた。起動させてはいないけど、トークアプリの話だってことは伝わるはず。
「時間を過ぎても、待ち合わせ場所にこなかったの。またどこかで寄り道しているのかもって思って。そしたら、わたしがそこまで迎えにいかないとだし」
「突っ込みたい部分はあるけど、まずは話を聞こう。で?」
「殺すぞって」
「君の彼氏は、凄腕の殺し屋か」
「ううん。普通のサラリーマン」
「一般的なサラリーマンが、殺すぞなんてセリフを吐く場面は、そうそうない」
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