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 いつまでも出入り口に突っ立ってもいられない。邪魔だろうし、何より寒い。  意を決して店内に入る。  なるべくお客さんたちのほうを見ないように、遅刻した学生よろしく体勢を低くしてこそこそと入っていったら、レジ前に立つ女性スタッフにぶつかりそうになった。  白い制服だけど、谷中さんが着ていたものとは、またデザインが違う。 「ああう、ごめんなさい」 「奥へどうぞ」  くすくすと笑う女性は、昼間にお客さんを応対していた人だ。満席の旨を伝える、恐縮しながらも優しそうな表情をよく覚えている。 「え、奥へ?」 「キッチンの手前までなら、大丈夫ですから。お二人がお待ちです」  レジが置かれたカウンターの後ろには、クッキーやらドリップコーヒーやらが並んだ棚がある。お店のオリジナル商品で、テイクアウト用として販売されているらしい。ピンクと黒を基調としたパッケージはおしゃれで、これもきっと一ノ瀬さんの趣味。女性受けしそうだけど、特にそれを狙ったわけではないんだろうなと思う。  その棚を追い越した先には、キッチンへの出入り口があって、スイングドアになっていた。出来上がった料理は、ホールとの境にあるカウンターから運び出す形のようなので、こちらはスタッフが出入りする専用なんだろう。  そこから、立ったまま向かい合って話す、谷中さんと一ノ瀬さんが見える。    どうやら彼女は、わたしが連れてこられたいきさつを聞いたらしい。 「ありがとうございます……」  申し訳ないやら恥ずかしいやらで、頭をうんと低くしながらスイングドアに歩み寄った。 「仕入れに出たまま戻らないかと思えば。手間を増やしますね」 「ごめんね、谷中くん」 「週末っすよ。ディナータイムには早いからいいものの」 「本当にごめん。あとで埋め合わせするよ」  不機嫌マックスなトーンの声で文句を言いつつも、谷中さんはすでにタルトの土台を作り始めている。その正面で、一ノ瀬さんがぺこぺこと頭を下げている。  どちらがオーナーなのか。  そんなことより何より、ものすごく気まずい。元凶はわたしなのだ。
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