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「ごめんなさい。埋め合わせはわたしが……」
それが妥当、と言うか至極当たり前。
控えめな挙手に、谷中さんはちらっとこちらを見やる。
「そっすか。何してもらったらいいすかね」
「だだだだだだだめです!」
とたんに青ざめた一ノ瀬さんが、待ったをかけた。装着しかけていた透明なビニール手袋の先端を、細い指が突き破る。
「裸にエプロンしろ、とか言ったわけじゃないのに」
「裸にエプロンも裸で阿波踊りも僕がやります!」
「なんで俺が、上司が裸で踊るのを見なきゃならないんすか。同い年のインドア男の、たるみきった裸を」
「ぬわあああ! 多恵子ちゃんの前でそんなこと言わないで!」
二枚目の手袋を、再び貫通。
そうなのか。一ノ瀬さんと谷中さんは同い年。そして、一ノ瀬さんはインドア派で、身体はたるみきっていると。
「どっちでもいいっすよ、俺は」
「谷中くんを頼ればいいって言い出したのは、僕なんだから、僕が全責任を取ります!」
「あの……わたし、外で待っていますね」
苦笑いで、出入り口のドアを指さした。
わたしがここにいて余計なことを言うと、作業が進まなさそうだし、常連さんたちの刺すような視線も、そろそろ耐えがたい。これなら、多少寒くても外のほうがマシだ。
冷たい風で脳みそを落ち着かせて、負担にならないようなお礼の方法を考えよう。
「あ、いや、そんな。だめだよ、外は寒いし。もう暗くなるよ」
おろおろと、一ノ瀬さんがスイングドアに近寄ってきた。
「空いている席に、座って待っていてください」
「空いている席に?」
正直、その申し出は断りたかった。でも、「チャージ料は取りませんから」と必死に引き留める一ノ瀬さんの、こちらの機嫌を窺うかのような目線を見たら、言えなかった。
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