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針のむしろに座らされているかのような気分で、待つこと三十分弱。
その間、手伝うことがそれほどないのか、一ノ瀬さんが時折レジに立ち、お客さんの相手をした。
女性客はみんな、頬の血色を良くさせてお店を出ていく。
柔らかい物腰、笑顔。一人一人、必ずドアを開けて送り出してあげる、鬼気遣いのジェントルマン。おしゃれでイケメンで、お客さんから人気があるのは納得できる。
しかし、なんとも不思議。このオーナーさんと、日々わたしをつけ回しているストーカーさんとは、本当に同一人物なのか。
一ノ瀬さんがいそいそと、可愛らしい箱を手に歩み寄ってきた時、その顔をぼーっと眺めてしまった。
「お待たせしました……て、え、ななな何でしょう?」
「あ、ううん。すごい。早かったですね」
どうしてわたしなんでしょうか、と問いたい気持ちを抑えて言うと、一ノ瀬さんは顔を真っ赤に染めてうつむいた。
「谷中くんに頑張ってもらいました。多恵子ちゃんを長く待たせるのもかわいそうだし」
後半は早口すぎて、もはや早送りだ。
わたしの背後で、嵐のごとく殺意が渦巻いたのだけど、彼だけは気づかないんだろうな。
「ありがとう。助かりました」
立ち上がる。
誤解をとこうとしたところで、余計に面倒なことになるのが関の山なんだろう。ここは早く立ち去るに限る。
箱を受け取った時、中からふわりと甘い香りが漂ってきて、あ、これ絶対においしいやつ、と確信する。
正直、無骨な谷中さんが作るって聞いて、不安があった。でも、杞憂だった。その当人がカウンターから顔を覗かせたので、そちらへ駆け寄って、彼にも頭を下げた。
「お忙しいところ、ありがとうございました」
「いいっすよ。こだわりの彼氏みたいだし、早く持っていってやって」
まるで犬でも追い払うみたいに、手をひらひらとさせる。
「あはは。きっとやっちゃんも気に入ってくれます」
足取り軽くターンを決めると、すぐそこにゾンビのような生気のない顔があって、「ひい!」と悲鳴を上げてしまった。
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