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「俺は料理人で。厨房で働いていて」  彼の話し方はぶっきらぼうに聞こえる。言葉が単発のせいもあるし、愛想がないからというのもある。  料理を作る人なんだ。なんとなく勝手に、和食っぽいなと思った。これもまた勝手なイメージだけど、フランス料理のシェフは物腰も表情も柔らかい気がするから、たぶん違う。陽気なイタリアンも違う。 「上司ってことは、あのストーカーはお店のオーナーか何か?」  料理のジャンルを分析することが忙しいわたしに代わって、奈保が質問した。 「それっすね」 「え。オーナーさんなの?」  目を丸くしてしまう。そんなちゃんとした肩書きのある人だったとは。 「そっちが話していた人物と、俺の思う人物が同じなら。まぁ、間違いないと思うけど」  奈保は眉をひそめる。 「そのお店、大丈夫?」  その心配は、わたしも同感だ。女性をつけ回す人が代表を務める飲食店なんて、しっかり利益を上げられるのか。そもそも問題なくお店が回るのか。  わたしたちと同年代に見える彼は、グラスに残っていたアイスコーヒーをストローで、ずごご、と音を立てて吸い込んでから答えた。 「平気っすよ。なんで?」 「なんでって」 「見にきます?」 🍴 「わたし、このお店知ってる!」  大声を上げてしまった。慌てて口元を手で押さえる。季節柄、ドアや窓は開いていなくて、店内にいる人の耳に届いたとは思いにくいけど。  料理人の彼は涼しげな目をぱちくりさせたあとで、「だろうね」と口の端を引き上げた。 「おしゃれなカフェ。わたしは来たことないな」  奈保の声には感心をベースに、まだかなりの不審感が混じっている。  個人で経営しているヘアサロンくらいの、こぢんまりとしたカフェ。外観に使われている木材は、ナチュラルな部分と、黒く塗られた部分とがある。窓から覗くインテリアを引っくるめて、アンティークな雰囲気に包まれている。
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