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「……たぶんだけど。一ヶ月くらい前かな、こんなとこに可愛カフェがあるって入って」
そういえばあの時も、お店の中は女性客でいっぱいだった。
「一人? やっちゃんは?」
「お休みがかぶらなくて。どっちにしても、わたしが気に入るお店は、やっちゃんはあんまり好みじゃないし」
「君たちは、いったい何の馬が合って一緒にいるんだろうね」
奈保の嫌味に頬を膨らませたあとで、話を続ける。
「そしたらね、店内がなんか、さわさわしていたの」
「もう事件の予感」
「メニュー名がおかしかったんだよね」
「誤字?」
「ではないんだけど。ほら、よく『シェフの気まぐれサラダ』みたいな、工夫を凝らしたメニュー名を付けるお店ってあるでしょ?」
「あぁ、あるある。たまに、注文する時に読み上げるのが恥ずかしいのとかね」
「それ」
「恥ずかしかったんだ」
「恥ずかしいなんてものじゃなかった。放送禁止用語レベルだった」
「それは、確かにさわさわするわ」
「誰かが訊いたみたいなんだよね。間違いじゃないのかって」
「よもや」
「間違いじゃなかった。しかも、オーナーさんの考案らしくて」
「あんたのストーカー、やっぱり変態じゃないか」
げえっ、と奈保は嘔吐する真似をした。
「それを知ったらなんか、急にかわいそうになって」
「雲行きが怪しくなってきた」
「だって、もしかしたら、すごく悩んで考え抜いて名付けたのかも。それなのに、誰も注文してくれないんだよ?」
「口にできない名前を付けるからでしょ」
「オーナーさんはきっと、壊滅的にネーミングセンスがないだけなんだと思う」
「自覚なさそうだから言うけど、まぁまぁひどくディスってるからね」
「だからわたし、大きな声でオーダーしてあげたの」
「放送禁止用語を大声で」
「お店にはそれきりだし、他に思い当たりがない」
「なるほど」
納得したのかしていないのか、奈保の表情は渋い。
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