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マジメ
新宿にビルを持つ老舗百貨店の商品開発部で働く遠藤。仕事熱心で腕は素晴らしく、社長からも信頼は厚い。
また笑顔もなく寡黙なため社内での尊敬も大きいのだが、顔が怖すぎているため「リアルアウトレイジ」と呼ばれ恐れられていた。
遠藤が街を歩いているとショーウィンドウ越しに大きなクマのぬいぐるみが目に入った。
遠藤はつい立ち止まり、凝視した。
その時、ふとガラスに映る自分の顔を見る。
眉間にシワをよせ、目ヂカラが入ったその顔は、リアルアウトレイジと呼ばれる顔だった。
遠藤は頭をふり、ため息をつくとその場を後にした。
一人暮らしの家に帰り、自室の扉を開けると、部屋は完全にファンシーそのものだった。
壁一面ピンク色。たくさん飾られたカワイイグッズ。たくさんのぬいぐるみ。
お姫様のようなカーテンのついたベッド。
遠藤には秘密があった。
実は、カワイイものが大好きだったのだ。歌舞伎町が似合う顔でいながら原宿が好き。
演歌しか聴かないと思えば、実はきゃりーぱみゅぱみゅのファンクラブに入っていたり。
…そんなことは絶対に言えなかった。
ある日の夜、遠藤は新宿駅の南口を歩いていると、路上ライブをやろうとしている若者がいた。
「こうじゃないな…」とつぶやきながらギターを調整している。
そのおぼつかない手つきに、なんとなく目が止まった。若者も遠藤の視線に気付いて軽く会釈した。
そうなると、なんだか聴いていかなければならない気がする。
「あ、もう少しなんで。ちょっと待っててくださいねー」
若者は、ヘラヘラと笑いながら「よし」と言ってギターを抱えた。
そして弾き始めたのだが、コレがまた酷かった。
調整したのに全然あっていないギターをジャカジャカかき鳴らしながら、不協和音だらけの、お経を交えたような変な歌詞を、クレヨンしんちゃんのボーちゃんのような声で歌う。
遠藤の顔がみるみる曇った。
時間にして1分あるかないかくらいの演奏だった。当然だが遠藤以外、若者の周りには人はいない。
すると若者はそそくさとギターを片付けて、遠藤に近づいてきた。
「聴いてくれてありがとうございます」
「……よかったよ。」
遠藤は力一杯の笑顔で言うと、若者はニヤリと笑い遠藤に指をさして言った
「え?酷いでしょ。」
なんだこいつは、遠藤は思った。
たしかに酷いのはわかっているが、精一杯のお世辞にそんな返し方はないだろう
若者は遠藤に指を指した。
「オジサンて、もしかして趣味が変なんですか?」
遠藤が帰ろうとすると、
「あ、ちょっと待って。聴いてくれたお礼しますんで」
その言葉に遠藤は足を止めた。
「実は僕、魔法使いなんスよ」
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