我が輩は、父である

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「ん……っ」 「美味しいかい?」 「はい!」  こうしてクリームソーダを食べる理人君を眺めていると、英瑠が「理人さんは食べてる時が一番やばい」と言っていた理由がなんとなくわかる気がする。  何がどう〝やばい〟のかはともかくとして。 「それで、最近どう? 元気にやってる?」 「はい! この間、佐藤くん……あ、英瑠くんが――」  英瑠の話。  仕事の話。  最近読んだ本の話。  新作アイスの話。  頭の良い彼らしく、理人君の話は面白いし、聞いていてもまったく飽きない。  それどころか、目をキラキラさせながら一生懸命に話してくれる様子を見ていたら、すっかり枯れていたはずの母性本能……いや、父性本能が蘇ってくる。  だが、紡ぎ出される言葉の中に、理人君自身の話がまったく出てこない。 「君は、どうなの?」 「えっ、俺……?」 「うん。理人君は、元気にしているのかい?」  思いもよらないことを聞かれたという風に、理人君が瞬きを止める。  でもすぐに、へらりと笑顔を取り繕った。  うーん、残念。  ものすごく下手くそだ。 「えっと、普通……です、いつも通り」 「本当に?」 「えっ……」 「先週から、声の調子が少し違っていた気がしたんだが……私の思い過ごしだったのかな」 「……」  予想通りの答えに異を唱えると、理人君はすっかり押し黙ってしまった。  理人君とはLIMEでもやり取りはするけれど、スマートフォンで文字を打つのが苦手な彼とは電話で話すことも多い。  二週間くらい前から、なんとなく彼の様子がおかしかった。  だからこそ、こうして出張に来たついでに会いに寄ったのだ。  崩れたアイスの名残をつつくスプーンを見守りながら、彼が話したくなるのをじっと待つ。 「……実は」 「うん?」 「その……また、ちょっと夢見が……悪くて……」 「……そうか」  どんな夢? なんて野暮なことは聞かない。  数年前、彼はとある事件の被害者になり、心に大きな傷を負った。  生死の境を彷徨うほどの目に遭わされたんだ。  身体の方は完治したとしても、心の方はそう簡単にはいかない。  そんなことは至極当然のことだ――と、私は思っているんだが。 「英瑠には話した?」 「……」  いたずらを咎められた子供のように、理人君の唇がへの字にひん曲がった。  つまり、答えはノー。  はあ……また一人で抱え込んでいたんだな。  これじゃあ、何から何までが私の思った通りじゃないか。  まったく、本当に手がかかる。 「あの……ごめんなさい」 「なぜ謝るんだ」 「だって……」 「理人君、君は弱い人間じゃない」 「……」 「以前、そういう話をしたよね?」 「……うん」  うん?  うんって言ったか、今!  ちょ、もう一回!  録音!  録音してなかったから――じゃなくて。 「それでも、君は自分の強さを信じられないかい?」 「……」 「理人君?」 「治ったと……」 「うん?」 「もう治ったと、思ってたのに……また、こんな風になって……いつまで、続くのかなって……」 「不安になった?」 「……」 「そうか」  あんなにも辛い目に遭ったのに、必死に乗り越え、一生懸命に生きている。  それだけでも十分頑張っていると思うのに、理人君は自分に厳しすぎるんじゃないか。  もっと褒めてやっても良いのに……ああ、もう!  アクリル板さえなければ!  ヨシヨシして、ワシャワシャして、何ならギュッとかもしてやれるのに! 「私から英瑠に話そうか?」  理人君は一瞬驚いたように目を見開いて、だがすぐに左右に首を振り、きっぱりと拒否を示した。 「俺が、話します……自分で」 「うん、それがいいな」  彼は手かかるが、やるべきことが分かればきちんとできる子だ。  そしてそんな彼の思いを受け止めるだけの器量はあると、私は英瑠のことも信じている。  親バカかもしれないが。  それでももし、二人が助けを必要とするのなら、私はいつでもこの手を差し伸べよう。  何かあってもなくても、連絡してきて欲しい――彼に伝えたその言葉が、私の思いのすべてだ。 「あんまり頑張りすぎるんじゃないぞ?」 「……はい」  理人君の笑顔には、もう憂いは見えない。 「お父さん」 「ん?」 「ありがとう」
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