悪役令嬢を断罪するはずだったのに、貴族の慣例怖い

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悪役令嬢を断罪するはずだったのに、貴族の慣例怖い

「エリザベス・オルグレン、お前はエマに嫉妬し彼女を虐めた! その醜い性根は王太子妃として相応しくない! よって私は、お前との婚約を破棄する!」  学園の夜会会場に王太子ベルナールの声が響く。 「……直答をお許しいただいてもよろしゅうございますか」 「許す」  エリザベスの言葉に、不本意そうな態度で応じるベルナール。 「確認させて頂きます。殿下は(わたくし)エリザベス・オルグレンとの婚約を破棄される、でよろしいでしょうか」 「そのように言っている」 「然様でございますか。それでは、殿下の有責という事で慰謝料を請求させていただきますがよろしゅうございますね?」  ベルナールに婚約破棄を言い渡されただけでなく断罪されたというのに、エリザベスは冷静に受け答えをし、なおかつ慰謝料を請求してきたので、ベルナールは心外だと言わんばかりに言い返す。 「何故、私の有責になるのだ!」 「(わたくし)、エマ様が仰るいじめとやらに心当たりはありますが、一切関わっておりませんので」 「心当たりがあるということは、やはりお前が先導してやらせたのだろう⁉︎」  エリザベスに非があると言わんばかりのベルナールの眼差しを、当のエリザベスは冷めた目で受け止めている。 「一切関わっておりません、と先程申し上げた通りですが? 王家から(わたくし)に付けられた護衛騎士やお妃教育に関連する方々に聴取していただければわかることですが、(わたくし)にはそのような些事に時間を割く余裕なんてありませんでしたもの」  潔白を口にするエリザベスは「それに──」と言を継ぐ。 「嫉妬? そんなものありませんわ。殿下との婚約は政略ですのよ?」  何を当たり前な事をと言わんばかりにドライな態度のエリザベス。  嫉妬を覚えるほどの情は抱いたことなどない、と言い切られてしまったベルナールは一瞬呆気に取られた表情になるが、すぐにこちらに大義があると言わんばかりの表情で開口する。 「では何故、エマが虐められたのだ!」 「それは『慣例』ですから致し方ありませんわね」  エリザベスはベルナールの隣に立つ可憐な少女エマをチラリと見、右手を頬に当てながら気怠げに答える。 「慣例?」 「ご存知ないのですか?」  エリザベスは心底呆れたように問うが、ベルナールはエリザベスが言う『慣例』を知らないのか答えられない。 「(わたくし)という婚約者がありながら、エマ様に熱を上げられている殿下を見れば、(わたくし)と殿下の婚約の解消なり破棄が秒読みだと思う者がいても無理のない事。鞍替えされるであろうエマ様へと行われたであろう()()は、王太子の婚約者としての最初の試練が下されたに過ぎないのですわ」 「最初の試練? 何だそれは」  怪訝な顔で訊くベルナールに、エリザベスは「本当にご存知ないのですね……」と呟いた後、『慣例』についての説明を始めた。 「将来の国母でもある王太子妃は、後宮を掌握せねばなりません。それはわかりますわよね」 「ああ」 「それゆえに王太子の婚約者にはそれを見越した試練が与えられるのです。本来であればその試練は、社交界デビュー前の年齢の令嬢から数名、選抜された中で競わせる事から始まるそうですが、(わたくし)たちの世代には候補として推薦できる家格の令嬢が(わたくし)の他にいなかったとのことなので、他の令嬢と競うことも無く満場一致で(わたくし)に決まったそうです」  王太子妃選抜についてのあれこれを説明するエリザベスの言葉だけが、夜会の広間に響いている。それだけ、皆エリザベスに注目していた。 「そのような経緯もあり、(わたくし)の場合はお茶会デビューの時に最初の試練が行われました。今思うと10歳の少女には酷な事をと思いますけれど、お茶会に招待された()()()()が厳しい小姑のごとくビシバシと容赦なくやってくださいました……」  エリザベスは当時のお茶会デビューを思い出したのか、苦笑して二の句を告げる。 「試練の内容は簡潔に申し上げますと、揚げ足取りと足の引っ張り合いの、実地での訓練です。王太子の婚約者になればやっかみは付き物。将来この国の王妃として立つ者がトラブルの一つや二つ、自らの力で解消出来ずにどうするのだ、という考えから始まったそうです。中には悪ノリが過ぎる方もいらっしゃるようなので、そういった方には当然それなりの罰は下されたようですわね」 「そんな事が『慣例』だというのか?」  ベルナールの言葉に、エリザベスは頷く。 「ええ。殿下は「そんな事」と仰いましたが、『慣例』が行われるのはちゃんと理由あっての事ですのよ? ある程度の場数を踏めば、最善な切り返しやあしらい方も身に付きますから、不意をつかれた時でも醜態を晒すこともなく対処が出来る様になります。まぁ、何事も積み重ねですわね。グレイス王妃殿下が常々仰っておりました。「王が不在の非常時に、王妃として采配を振るわざるを得ない状況になっても何も出来ない可愛らしいだけのお飾りの王妃はこの国には不要。それゆえに、将来の王妃たる王太子妃には優雅さと同時にタフネスさが求められるのです」と──」  いつもは淑女らしくただ微笑むだけで、あまり表情を出さないエリザベスはいきいきとした表情で語ると──ベルナールの隣にいるエマをチラリと見た。 「『慣例』がある以上、エマ様は殿下の婚約者候補としてお一人で解決されるべきでした。試練が行われていたのであれば、エマ様が殿下に助力を求めることは多少許されるでしょうが、こうして公の場で(わたくし)を断罪するのは悪手です。先程、申し上げたように、(わたくし)は一切関わっておりません。きちんと調査していれば、(わたくし)ではない事は明白でしたでしょうに」  エマに対する虐めについてちゃんと裏は取ったのかと、言外に言われたベルナールと彼の後ろにいる側近たちは、ぐっと言葉を詰まらせた。 「ですから(わたくし)は先程、殿下へ慰謝料を請求したのです。公の場で冤罪をかけられた上に婚約破棄をされてしまったのですもの。殿下の婚約者として王妃教育で数多くの事を学ばせていただいたことには感謝致しますが、五年間拘束されていたこと、婚約者である(わたくし)に対しての殿下の不貞と、冤罪に対しての慰謝料を要求する権利はあると思いませんか?」  艶然と微笑むエリザベス。  その微笑みに一瞬見惚れてしまったベルナールは、ハッと我に返った。 「慰謝料については善処する」  ベルナールは、言いがかりに近い形でエリザベスに婚約破棄と断罪を行ったことで、今まではっきりと言語化されていなかった『婚約者に対しての不貞』をエリザベスに突き付けられた。  しかも、エリザベスは冤罪をかけられたのだから、ベルナールは彼女に罵られてもおかしくない状況だというのに、エリザベスは理性的に身の潔白を説明し、ベルナールが知らなかった『慣例』についても簡潔にだったが説明してくれたのだ。 「『慣例』について聞いてもいいか」 「殿下はご存知ないのですものね。構いませんわ」 「試練で認められなければどうなる?」 「王太子妃になる資格なし、という烙印を押されますわね。過去には婚約後に資格なしと判断されて婚約を白紙にされた方がいらっしゃったようですわ」  エリザベスに「エマの対応は悪手」と言われたこの状況を思い出したのか、ベルナールはさらに問いを重ねる。 「白紙になった後はどうなる?」 「新たな選抜が開始されるそうです。これから王太子妃候補になれる婚約者のいない方を探すのは大変かもしれませんわね。異国には『残り物には福がある』という言葉があるそうですから──素敵な方とご縁ができると良いですわね」  最後の皮肉が色々と物語っていたのだが、エリザベスが答えた内容を理解できた者は何人いたかどうか。ベルナールの側近の一人が理解したようで、顔を青くしていた。   「これ以上の長話は皆さんのご迷惑になりますので、(わたくし)はこれにて失礼します。──皆さまご機嫌よう」  エリザベスはベルナールにカーテシーをしてから会場にいる皆に向かって挨拶すると、ツカツカとヒールの音をたてて優雅に去っていくのだが──途中で思い出したかのように立ち止まり、振り返る。 「そうそう。グレイス王妃殿下はガッツのある方がお好みですので、現在婚約者がおられない我こそはと思われるやる気のある方は是非立候補されると宜しいですわ」  最後にエリザベスが落とした爆弾発言で、フリーでガッツのある令嬢数名が王太子妃候補として名乗りを上げ、王太子妃候補の選抜が行われるイベントへと発展する──。 *****  乙女ゲームのヒロインに異世界転生したので、逆ハーエンド狙いで王太子の婚約者で悪役令嬢エリザベスを断罪したら、悪役令嬢は何故かシナリオ通りに動かなかったし、悪役令嬢のキャラも微妙に違ってた。  悪役令嬢も転生者なのかと一瞬疑ったけどそうじゃなかったみたいで、それどころか、王太子の婚約者候補への虐めは『慣例』だから自分の後釜に納まるつもりなら自力で解決しなさいと一蹴してきた。  なにその『慣例』。怖い。  王太子妃はいずれ後宮を制する役目があるのだから、自らの力で掌握せねば意味はないし、それが出来なければ王妃になる資格はない。可愛いだけのお飾りの王妃は不要だと言われた時には、エマは話が違うと思った。 (この国って脳筋なの? 乙女ゲーなのに?)  混乱している間に悪役令嬢エリザベスは一人で夜会の会場を後にしてしまい、燃えに燃えている一部の令嬢を除いて会場は白けた雰囲気になっていた。  それだけじゃなく、断罪に失敗したからか攻略したはずのベルナールの様子が少しおかしかった。眼鏡枠の宰相子息にもなんとなく距離を取られた。  そんなこんなでエマは悪役令嬢を断罪するはずだった夜会の後、王太子ベルナールを婚約者エリザベスに冤罪をふっかけて略奪した女と陰で囁かれつつ、二人を除いた攻略対象に慰められる日々を送っていたのだが──。 (続編は無かったはずだけど、何なんだろうこの状況……)  王妃主催のお茶会の招待状が来たので、断るわけにはいかず招待に応じて王城へ出向いたエマは、王城の庭園にいた。  ガーデンパーティーができる広さのある場所には、自分と同年代の女性が二十人ほど集められていたが──エマを含めて皆、ジャージのような姿になっている。  登城時はそれぞれ気合の入ったドレス姿だったので、ジャージに着替えさせられた一部の令嬢は戸惑いを隠せていない。  そうしている間に、王妃グレイスが庭園へ姿を現した。 「みなさん、ようこそお越し下さいました。お茶会の招待状を貰ったのに、お茶会が行われる雰囲気ではないという事に戸惑っているとは思いますが、王太子妃候補選抜は極秘で行うものですのでご容赦下さい」  お茶会ではなく、王太子妃候補選抜と聞いて、令嬢たちの目の色が変わった。 「とはいえ、我が息子ベルナールによるエリザベス嬢との婚約破棄が行われ、彼女を娘として迎えることが出来なくなってしまった事は大変残念に思っております」  グレイスが息子の婚約破棄の件を口にしたので、婚約破棄の原因でもあるエマに対して視線がチクチク刺さる。 「エリザベス嬢は王太子妃として逸材でした。ベルナールには彼女の素晴らしさがわからなかったのでしょうね。逃がした魚は大きい、と後悔しても遅いのです」  グレイスはエリザベスの事をよほど気に入っていたのだろう。心底残念だと言わんばかりに語る。 「あれからエリザベス嬢は大国の妃として望まれ、嫁ぐことが決まってしまいました。…………終わってしまった事をいつまでもぐちぐち言っても元には戻りませんので、先に進もうと思います」  そう言うと、グレイスは目配せをする。それに合わせて、グレイスの後ろで控えていたジャージ姿の青年が一歩前へ出た。 「これより、王太子妃候補選抜を始めます! 王太子妃は体力が必要です。皆さんには王城を一周していただきますので、こちらにいる侍従のアークライトの後に続くようにランニングをして下さい。──ハイッ、スタート!」  王妃が王太子妃候補選抜の開始を宣言してランニング開始を告げると、侍従がゆっくりと走り出した。それを見て、庭園に集められた令嬢たちは慌ててその後を追う。 「将来有望なエリザベスちゃんを蹴落としてくれたのだから、これくらいの意趣返しは許されると思うの。あなたがやった事は許せないけど、あなたの頑張り次第では認めてあげなくもないから、このサバイバル、頑張って頂戴」  息子がやらかした婚約破棄についてかなり根に持っている王妃グレイスは、遠ざかるエマの背中に向かってそう呟いた──。
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