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まさかの『ひとつ』だった。
「えー!プロのピアニストさんが、うちの学校の吹奏楽部を指導してくださるの?!?!?!」
真美さんの言っていた『ひとつ』とはーーー僕の母校でもあり、柚月のいる音彩高等学園の吹奏楽部の指導者になることだった。
ちなみに、僕は、リード楽器など金管楽器など吹いたことがございません。プロピアニストだから、一応、知識はあるちゃああるけど、吹いたことは一切、ございません。
そんなやつに、吹奏楽部の指導者やれなんてふざけてんだろ。とか思いながら、ここに来ている僕がいるわけなのですが。
「本当ですか?!」
「……えぇ、はい」
「こんな僕でよろしければ」とテキトーに付け足す。音彩学園の理事長は、頭吹っ飛ぶんじゃねえかってぐらいに、頭を縦に振っていた。
「ぜひぜひぜひぜひ!ぜひ、お願いしたいです!!」
「あ…、はい……。こ、こちらこそ」
なんだか、取り返しのつかないようなことになってる気がするんですけど。舞美さん?!ほんとに、これ大丈夫〜?!
理事長は、柚月に会いたいがためにそう言っている僕の不純な心を、見透かす素振りも見せずに、ハグぐらい強烈な握手をしてきた。
まじで強烈で熾烈。
やめてくれ。手が!指が!!ぶっ壊れるってば!!ぶっ壊れたら、僕のピアニスト人生が左右されるから、やめてくれ!!
痛みによって僕のポーカーフェイスも、取れかけたところで、理事長は握手をやめて真顔に戻った。
「え、本当にいいんですか?」
「…勿論ですよ。逆に、こんな僕でいいんですか?」
「え?!?!な、何言ってるんですか?!?!」
「日本国内で貴方の名前を知らない人はいませんよ?!?プロピアニストにして、若い頃はストリートピアニストとしても活動していらっしゃっていた、天才ピアニスト!若い層からも人気は莫大!!インスタフォロワー数は500万人越え!!ベテランのピアニストからも一目置かれている新進気鋭の演奏家!!!」と、雄弁に語ってくれる理事長。恥ずかしいからやめてほしーなぁ。それに、この理事長、絶対、僕のファンだろ。情報量多すぎでしょ。
「ぜひとも、渡辺さんにお願いしたいです」
深々と頭を下げる理事長。「えぇ、こちらこそ」と、僕も頭を下げた。
これはもう、取り返しがつかないことになってるんじゃないのカナ〜。今更、「やっぱやめます」だなんて、冗談でも言えそうにない。
舞美さんを信じて、その案に乗ってみるしか、どうやら僕にはなさそうだ。
僕は、理事長を前に、にこにこ作り笑顔を浮かべた。
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