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学園内でやることも、もうなくなったので、家に帰ろうと、教員玄関まで足を運んでる途中で、大好きなあの子の後ろ姿を見つけた。
「柚月!」
思わず、彼の名前を口にしてしまう。呼ぶつもりはなかったんだけど、やはり、彼を前にしてしまうと、体が反応するのだ。うぬぬ、これ、どうにかしなきゃなぁ。
「お」
彼は、驚いた顔で、こちらに振り向いた。そんな彼が、どうしようもなく愛おしい。抱きしめたい欲に駆られるが、ぐっと堪える。落ち着け、落ち着け。
「希か。どうしてここに?」
「僕、ここの学園の吹部の指導者になったんだ〜っ!」
「……そうなのか」
さらっと言うと、柚月も少し目を見開いてから、さらっと笑みをこぼしこの会話を流した。もっと驚く場面があっても良かったんじゃね? とは思ったが、元々そういう人だったので、別に特には何も思わなかった。
思わなかったのだが……ーーー
「それじゃあ、希先生だな」
ーーーこの奇襲は予知していなかった。
はぁぁぁぁーーーー。おいおい、可愛いすぎんだろ!!! なになになに?! 君は一体、僕の心臓をどうしたいの?!?!???
僕は顔には出さずとも動揺し、柚月の足元の方へと視線を落とした。すると、柚月の影に隠れてひとりの小さな女の子がいたことに気がつく。リボンの色からして、赤ーーーつまり二年生の子だろう。
しかも、彼女の顔つきにはやけに見覚えがあった。あの子だ、あの子。あの答えにくい質問を僕に振りかけてきたあの子だ。
一体、彼女は、何があってそんな柚月の隣という、誰もが望むポジションにいらっしゃるのでしょうか?
ひとまず、僕は彼女に向かってニコッと微笑みかけた。「希さんですよね」と、彼女は至って冷静な態度で聞いてくる。クールな女の子やな〜。
「そうそう、僕、渡辺希」
「希さん、吹部の指導員やるんですか?」
「……え、うん! そう!!」
まあ、会話を聞いてないわけないか……。ごめん、姫宮先生。早々に生徒にバレたわ。
「私、吹部なんですよね」
あらあらあら。しかも吹奏楽部部員だったらしい。サプライズ大失敗。本当にごめんなさい、姫宮先生。
「私、星奈って言うんですけど……。渡辺先生、これから、よろしくお願いしますね」
「あ〜〜、星奈さんね。こちらこそよろしく。ちなみにさーーー」
僕はそこで言葉を止める。やばいやばい、なんで柚月と一緒にいんの? と思わず口にしようとしてしまった。まあ、生徒と教師だから、学園内で一緒に歩いてたって、なんら不思議なことはない。そう、あくまで生徒と教師。生徒なんかに嫉妬しちゃダメ! 渡辺希!! 落ち着くんだ!!!
「なんですか?」
「いや、ごめんね。何でもないよ」
彼女は鋭く冷たい視線をこちらに向けた。きゃー、怖いー。普通に怖いー。僕はニコリと笑顔を貼り付けて、精神安定を図った。無理だ。今日、情報過多すぎてもう無理。
「ごめん、僕もう帰るね」
「そうか。なんか用事とかあったりしたんじゃないのか?」
「ううん。見かけたから呼んじゃっただけ」
僕がそう言うと、柚月は少し目を細めて、それから微笑んだ。女神の微笑みに匹敵するぐらい、彼の笑みは神々しい。
「さようなら」
「うん、さよなら」
星奈さんとも挨拶を交わして、僕は玄関へ向かった。すると、自然とため息がこぼれる。期待のような不安のような何とも言えない感情が、心の中に渦巻く。苦しいような幸せのような胸の満ちる感覚を感じていた。
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