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『いまどこにいるの?』
『学校』
『そっか。たまたま近くにいるから、美味しいスイーツでも食べにいかない?』
ぽん。軽い音とともに僕の送信した文字たちがふきだしのかたちで表示される。柚希の携帯には位置情報アプリを忍ばせているから、彼女がどこにいるのかなんて尋ねる前から知っていた。それでもアプリの存在を悟られないようにこうして白々しく居場所を尋ねることが習慣になってしまっている。
『うん。行く』
柚希からの返事を確認して、それから斜めがけのバッグに携帯を押し込んだ。位置情報アプリというのは怖いもので、居場所だけではなく、移動速度や滞在時間から様々なことを推測することができる。
例えば猛スピードで移動しているときは電車かバスに乗っているだろうし、長時間にわたってカフェに滞在していれば高校の課題に追われていると予想がつく。今回はそのうちどちらにも該当しなかったが、彼女が休日の学校で一体何をしようとしていたか手に取るようにわかった。
同じクラスの僕たちは目が合えば何事もなく互いに逸らすような関係だったのに、本来ならば進入禁止の屋上で対面してから大きく空気感みたいなものが変わったのだと思う。柚希の瞳に吸いこまれてしまいそうになったあの日、僕の人生は全く違う意味を持つようになってしまった。
「ん、美味しい」
彼女と合流してから最初に向かったのは、元の誘い文句どおり、ショートケーキが美味しいことで有名なケーキ屋だった。土曜日らしい喧騒と落ち着いた店内BGMは互いにその性質を打ち消しあい、灰色の埃みたいに余計な騒音で僕の鼓膜を鈍く揺らし続けている。いちごのショートケーキにフォークが通されるたび、僕のたましいが少しずつ削られていく気分になった。
「ここ、来たかったんだよね」
柚希はなにか嬉しいことがあると、首をわずかに傾けて笑う癖がある。その拍子に長い髪が踊っているみたいに揺れるのが僕は好きだった。
「そうだったんだ。誘ってよかった」
「そういえば、私と付き合ってくれる気になった?」
ころん、彼女が首をかしげる。僕はこの瞬間が苦手だった。
「きょうは風が強いからやめておくよ」
最初は「恋愛に興味がない」とか「他に好きな人がいる」とかそれっぽい理由を上手く作れていたのに、いつのまにかくだらないことを言って戯けるようになっている。「えー」胸の内側で堪えるように笑うのを見て、意識が数センチ沈んでいった。
互いに好きなのに僕は彼女と付き合ってはいけないから、世界の仕組みが複雑であることを嘆かわしく思う。みんなが物事を単純化して考えていれば、柚希にとって生きやすい世界になっていたはずだ。
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