あなたのゆくえ

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『いまどこにいるのる』  心臓から送りだされた焦りが指の先へ運搬され、フリック入力の操作精度を大きく低下させる。文面にまで滲んでしまった気持ちを落ち着けようと、大きく息を吸い込んだ。 『だから湖の公園だって』 『いまから行くから待ってて』 『いいよ、べつに』  ほんのり暖かい風が窮屈な肺に充満して、感傷的な気分をそっと心の内側にしみこませてくる。酸素が足りなくなってきた脳から不安な気持ちが溢れだし、重く踏みだした脚にしたたり落ちた。  彼女が自殺志願者だということはずいぶん前から知っていた。初めて柚希に会ったとき、彼女はフェンスの向こう側にいた。その日僕が屋上に弁当箱を忘れていなければ、彼女はもうこの世にいなかっただろう。反対にもう苦しむ必要はなかったとも言える。 「柚希」  よい子はおうちに帰りましょう。夕焼けチャイムを無視して首を吊ろうとしていた柚希は僕のほうを振り返り、「わあ、来たんだ」とやけに落ち着いた声で言った。最初はすべてがどうでもよかった。彼女が死のうが生きようが、僕には関係ないはずだった。成り行きで「死ぬまでにしたいことリスト」に付き合っていたら、いつの間にか特別な思いを抱くようになっていた。  初めて柚希の自殺を止めたその日、彼女がお手洗いへ消えた隙を見て位置情報アプリをインストールした。見つかりにくいよう、アプリのアイコンを使っていなさそうなフォルダに放り込んだ。
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