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 職場から解雇通知が届いた。仕事復帰の目処が立たない事が原因だった。  俺は、職業安定所に通った。求人雑誌も読み込んだ。そして、片っ端から応募をし、悉く断られた。年齢、性別、何より親父の存在が足を引っ張っていた。  不採用だと知らされる度、目の前が暗くなる。自分の存在価値のなさに、このまま生きていても良いのかと、そんな事を考えてしまう。  最近は、水道代を節約する為、まともに風呂にも入っていない。洗濯も出来ていない。  今後の事をぼんやりと考えて外を歩いていると、視界の端にコンビニエンスストアが映った。明るい電飾につられるように、つい足が向いてしまう。  俺は、あんぱんを一つ購入した。  今日の分の食事だ。親父がどれほど口に入れるか不明だが、それでも何かを食べさせなければいけない。  店外に出ると、見知った顔が居た。眉間に皺を寄せ、煙草を吸っている。  江原刑事だった。 「あ」  つい声が漏れた。刑事が振り返る。 「秋山さん」 「あ、はい。どうも」  彼の足元には、黒猫が居た。この周辺に住みついている野良猫だろうか。  江原刑事が言った。 「どうですか、その後」 「その後、とは」 「お父さん、元気にされていますか」 「はい、まあ、程々に」 「そうですか」  俺はあんぱんの袋を握り締めた。  ここ最近の出来事が、脳裏を過ぎる。  何かを話したい、と思った。少しではあるものの、我が家の状況を知っているこの人に、何かを伝えたい。だが、どう言えばいいのかが分からない。  俺が黙っていると、横断歩道を渡った所から、また知った人物が現れた。以前、江原刑事と一緒に我が家に来た、城田刑事だ。 「江原さん、お待たせしました。行きましょう」  城田刑事が言うと、江原刑事も「ああ」と応えた。黒猫が名残惜しそうに彼らを見ている。  俺も会釈して、家路へと向かった。
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