損なわれたペン先

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 現実は、たいてい残酷にできている。  どう考えても招かれざる問題ごとの通知に、三津は夢であることを願ったし。 『アレ、三津まだ起きてたんだ』  例によって回収に行けとの指示で休憩場所もとい隔離部屋に入室した直後、ゆるく手を振ってきた男の悪気のなさもどうか悪夢であれと思った。 「おかげさまで寝不足だよ」  意識しだすと途端に瞼が重たく感じる。  瞼は三津の意思を無視してシャッターを閉じようとする。それを気力でこじ開けて、眼前にある暴力的なうつくしさで脳を叩き起こそうと試みる。  しかし、睡魔の前では美貌も効果はないらしい。 「そりゃ大変だね」 「誰のせいだと……」  ぱちりぱちり。瞬きをして起きろと叱咤しても、自前の焦茶の眼球は不機嫌そうに男を映す。  睨んでるわけじゃない。すべては眠気のせいだ。そう思った次には、首を横に振った。いや、別にそう思われたっていいか。元を辿れば睡眠不足の発端はスズなのだから。  思考がとっ散らかっていた。  頼みの綱はもはや気合いのみで、どうにか意識を保つ。うっかり寝てしまわないように。というよりは間違っても、爪一枚分だって触れてしまわないように。  そういう危機感。  死にはしなくても、三津だって骨を折られたくはない。 「立ったまま寝そう。部屋まで運んでやろっか?」 「気遣いどうも」 「まあまあ、遠慮すんなって」  お綺麗な唇は、これまたお綺麗な弧を描いている。 「おまえ分かってて言ってるよね。やだよ。運んでもらう代償が骨折なんてわりに合わな」 「っと、あぶな。まじで電池切れる寸前じゃん」  ふらりと前に傾きそうになった体は、重心を後ろにずらすことでなんとか床との衝突を回避した。勢い余って打ちつけた後頭部が地味に痛い。三津の眉間に皺が寄る。  しかし、このくらいの代償なら全然安いほうだろう。 「……僕からすればスズもそう変わらないけど」  三津のすぐそばで、中途半端にかかげられた腕。  恐らく咄嗟だったのだろうと察する。それでも、支えようと伸ばされかかったスズの腕のほうが三津にとってはよっぽど危険であるし、ひやりとした。俯くのは逆効果かと思って顔を上げる。そうすると当然スズの顔面が視界に映りこんできた。  見れば見るほど感嘆する。  完璧を形にした男だった。髪も瞳も鼻梁も唇も耳も輪郭も、すべてがあるべき形状におさまっている。  その秀麗な顔が、ふいに大きく歪んだ。  ――いくら探そうがスズの外見には一切の問題が見当たらない。 「とりあえずさっさと部屋戻ろ。俺も昼寝したい」  ただし、中身は問題のオンパレードである。もしくは厄介ごとの詰め合わせ。外見の反動かは定かじゃないが、そう言われれば頷いてしまえる。優良すぎる外見と厄介ごとの中身が化学反応を起こして、面倒ごとを引き起こしてくる。  ついでにいえば、人の話を聞かない。  隠すことなく大あくびを披露した男の眼にはうっすらと膜が張っていた。三津は諦めさえとうに投げ出した手で扉を開く。 「聞こえなかった? おまえのせいだって言ってんの」 「ごめんて。だからお詫びにおぶって運んでやるって言ってんじゃん」 「だから脅しと変わらないからなそれ」
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