レプリカ特区:514

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 その様子に、つい悪態が吐きでた。 「逆になにが好きなわけ」  食べ物から始まり、夏も冬も朝も晴れも雨も運動も乗り物も、鈴鹿という名前も嫌いだという。  なによりも人間ギライ。 『人間やめてえ』  二日に一回ぼやくありさま。そんなイヤイヤ期真っ只中な男が好きなものなんて、皆目検討もつかないだろう。嫌味と疑問が半分ずつほどよく混ざった言葉だった。  だけど、この男はなんてことないとばかりに言う。 「俺の“すき”って感情を具現化したらたぶんお前になるよ」 「……どこで習ったのそれ。新しい教材?」  眉を顰めて問えば、「ご名答」軽やかな返答が投げられた。 「どう? ときめいたかよ?」  おちゃらけた声である。三津はそろりと顔を上げた。かち合った猫目は、うっそり笑っている。悪戯が成功した悪ガキの顔だった。 「びっくりしたという意味で心臓が跳ねたのも含まれるなら、まあときめいたよ」  発した声は自分が想像していたよりもずっといつもどおりだった。思わず笑ってしまいそうになって、三津は水を飲むついでに隠す。  びっくりした。それは嘘じゃない。  だけど、それ以上にどきりとした。  恐らくそれはトキメキなどではなく、焦燥に似たなにかだった。  スズが、自分の知らぬうちに愛を習得してしまったのかと。自分を置いて、ひとりだけそれを知ってしまったのかと。  そう思って、心臓が一度止まったのち心拍数が一気に跳ねた。  それだけだった。それだけだから、舌のうえで転がしただけにした。声にするとオフホワイトに咎められる気がした。 「なあ三津」 「なに」 「あいしてる」  生ぬるい熱が寄越される。  紛いものに輪郭なんてものはない。ぼやけたまま押し付けられるそれは、この部屋のようだった。真っ白で構築された空間にましろい愛が浮遊していく。  やわらかさを装った瞳がこっちに向けられている。「僕も」だから、三津もなんとなく同じものを浮かんでみせた。 「あいしてるよ」  たぶんね。
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