損なわれたペン先

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損なわれたペン先

『連帯責任』  ――強制的に他人の非が自分にのしかかること。  自分にはなんの落ち度も、埃程度の責だってなかったとしてもである。いくら抗議したところで、それはさも免罪符だとばかりに振りかざされる。  拒否の言葉は、ひとつだって音にすることは許されない。  世界は急速に発展し続けているのに、このクソみたいな概念だけは今日も化石のごとく残ったまま。少しは世界を見習ってアップデートしろ。  そう二週間願っているのだが、どうやら叶う日は水平線の向こう側らしい。 「で、今日は誰のどこを何本折ったの」 「折ってない」  だからこそ現にこうして、三津は連帯責任という名目でまた呼び出されている。  指折り数えるのは五日前にやめた。  やめたその手で親しみを感じつつある扉を引き、いまここにいる。 「ただすこぉし指と鼻を曲げてやっただけだって」 「一般的には折ったっていうんだよそれ」  入室した三津を出迎えたのは、ひたらすらに白い空間と反省の“は”の字も見えない男だった。  床も壁も天井も、うんざりするほど白い。  温かみもなければ冷たさもない。いっそ無機質さを感じさせる場所だった。  そこにぽつんと、佇むテーブル。これまたオフホワイトの量産型である。男はその端に浅く腰掛けて長い脚を投げだしている。  さながら部屋主みたいな態度。だけど、別にそういうわけでもなく、そもそも誰の部屋でもない。  いくつかのテーブルと椅子が据え置かれただけの簡素な部屋は、元々は空き部屋だ。誰でも出入り自由のフリースペース。実質的には休憩場所。  いや、休憩場所だった。 「なんで鼻まで折るかな」 「折ったんじゃなくて殴ったら結果的に折れただけ。つうか、どうせ説明されたんでしょ」  返事の代わりに息を吐く。  確かに聞いた。聞いたけれど。  部屋に呼び出しがかかったその瞬間、三津は悟った。呼び出しの原因がスズであることも。誰かの身体の骨が折られたであろうことも。
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