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「……んあ?」
部屋から出て数歩。
先に違和感に気づいたのはスズだった。
整った眉を怪訝そうに寄せる。その視線の先を辿れば、人だかりがあった。
床も壁も天井も、どこを見ても白く一本に伸びた廊下。そんな空間にある人間の塊はよく目立つ。
しかし、特別珍しいことでもなかった。
共同生活をしているからにはささいな小競り合いは多々ある。
そう例えば、ある男がうっかり他人の骨を折るくらいのことは、ああまたか。くらいの頷きで流されてしまう程度に。だから人だかりができていようがわざわざ気にすることもなければ、足を止めることもない。少なくとも三津とスズはそうだった。迂回する、または素知らぬ顔で横を通り過ぎるタイプ。
しかし、
「……なんだアレ」
流せない異質さがそこにはあった。
恐怖、驚愕、あるいは怯え。
集まっている彼ら、彼女たちの表情を見る限りあまりよくないことが起きているらしい。らしいではなく、確実に起きていた。
示し合わせたわけでもないのに、二人の歩みは揃ってぴたりと止まる。さっきまでの強烈な眠気が吹っ飛ぶには十分すぎる違和感。
においが。
「――はっ、はっ、はっ、ううう」
鼻をつく血の臭いだ。
床に飛び散る血痕。人だかりの中央に、横たわる男の身体。右目を押さえる両手は、もとからその色だったように血に塗れて。口からはうめき声が。呼吸が浅い。ヒューヒューと、か細い息が苦しげに口からこぼれる。
少し離れた場所にはボールペンが落ちていた。
恐らくそれで抉られたのだろう。先端にはべっとりと血が付着している。
現状を確認し終えた三津はそっと視線を巡らせた。眉を寄せる者、眼を背ける者、知り合いと小声で会話する者。それらしい人物はどうにも見当たらない。
もっとよく見ようと首を動かした三津の眼に。
「なんで、……恭介?」
その姿は飛び込んできた。
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