レプリカ特区:514

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「お〜、遅かったな」 「なにそれ文句?」  ジトリと睨んでみせても、当の本人は文句などない顔を晒して頬杖をつく。  おまけに、待ちくたびれたと呟く始末。  空気みたいな男だ。  何を言っても響かないことには見切りをつけるしかない。三津はため息を呑み込むと、コンロに鍋をセットして火をつけた。  男は着火した音に目を輝かせると箸を手にする。まだ触るなと目で咎めて、三津はそのまま真向かいに腰を下ろした。  向けられるのはぶすくれた視線。  それは鍋の上を通り抜けて、額に突き刺さった。 「三津はマジメだな」  いつからか刺さったそれは、今のところ抜けそうにない。揺らいでいる眼は、いつの間にかすっかり入り込んでしまっている。  皮膚も細胞も、なんの障壁にもなってくれなかった。抜く気もないのでそのままにしていたら、現在に至っている。  曖昧さを重ねただけの日々でも、こうして難なく時間は進んでいて。 「スズが不真面目なだけだろ」 「もう食べていい?」 「……本当に、人の話聞かないよね」  いつのまにか火は通っているから、このままでもいいかとも思ってしまっている。  重症だろう。手遅れ具合は計り知れない。  返事の代わりに三津は蓋を開けてやる。すると、キラキラした顔で具材をすくいとりにかかる。  はしゃぐ様子をぼんやりと眺めた。  ダメと言ってもどうせ聞かないくせに許可をとりにくる。  矛盾なのに。  でも、この男にはそれが似合いだなとも思う。  皿に具材を寝ころばせて、その上にふりかけられるものに三津の顔が歪んだ。  「ウワ」と出すつもりのなかった独り言がこぼれて、暖房の効いた部屋にふわりと流れた。 「……もはやただの砂糖」 「だって辛いじゃん」 「それがキムチだからね」 「辛いの嫌いなんだよ」  ためらいなく述べられた返答。三津の顔がひくりと痙攣する。  キムチ鍋がいいって言ったのは誰だったか。  赤に彩られた野菜と肉の表面にまとわりつく白。あっという間に砂糖は熱にほどかれて、しなった野菜にたやすく溶けていった。  もはや、野菜の味は死んでしまったナニカを幸せそうに男は頬張る。
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