運命の人

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 ✳  三十五歳になった私を運命の人と出会わせてくれた"喫茶 アミーゴ"は、五十を過ぎた辺りのマスターが一人で切り盛りする、昭和の香り漂う小さな店だ。昼間は喫茶、夜はスナックにする。  思い出しても虫酸が走るような、前の最低男とやっと別れた三ヶ月前から頻繁に通うようになった。利用するのはいつも仕事帰りで、店内の照明が暗く絞られる、だいたい夜の七時くらい。──まだアイツの匂いが残るアパートの部屋に帰るのが嫌で、通りすがりに思い切ってドアを開けたのが始まりだった。  一昔前だったら仕事帰りに女が一人で酒なんて……と眉をひそめられただろうけど、今はそうでもないみたい。気の良いマスターとの会話を楽しみに、私と同じく仕事帰りに立ち寄る女性の一人客もさほど珍しくない。  彼と出会えたのは、もちろんこの店のおかげでありマスターのおかげだけど、もう一つ感謝しなければいけないことがある。それはあの男に傷つけられた心も、体の傷と同様にこの店に通う内に自然と癒えて行ったことだ。  体の傷。  そう私は、前の男からDVを受けていた。  最低で最悪で野蛮でガサツで女の扱いも箸の持ち方も知らない男。最初はその全てが可愛らしくて憎めなくって、少し乱暴に扱われることさえ喜びだったけど、すぐに嫌悪に変わって行った。  
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