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余命が宣告されて一か月が経った。
高校最後の学校生活は、今までとまるで変わらなかった。
「おい、聞いてんのか? 地味メガネ」
私の周りには、雑音が満ちている。
「あと一年の命なんだって?」
「今のうちに人生楽しんどけって、親からめっちゃ金もらってるんだろ?」
「ウケるー! 今日は学校さぼってみんなで遊びに行こうよ! そいつの奢りでさあ」
ギャハギャハと汚い声が響く。
――ああ、うるさい、うるさい。
ブタの声より醜い罵詈雑言も、頭の上から降ってきたバケツ一杯の泥も、私の心を少しも動かさない。
神様、どうか私を静かなところへ連れて行ってください。
聞きすぎて耳にタコができそうな予鈴を遠くに聞いた。
「ただいま」
「お帰り。もう少しで晩御飯よ」
母の声が私を迎える。
晩御飯なんてどうでもよかった。
ただ、眠りたい。
泥のように、静かな世界へ沈みたかった。
私は自室の床に鞄を捨てると、その足で布団に潜り込んだ。
目を開けると真っ青な光景が広がっていた。
どこを見ても深い青色。こぽこぽという水の音。
ここは……もしかして海?
どこまでも広がる水の世界で、私はゆったりと泳いでいた。
でも、人間の泳ぎ方じゃない。
ひれを動かし、尾で蹴って。
すいすいと水の中を泳ぐ。
魚? イルカ?
周りを見渡しても、何もいない。
一人でいるということは、相当大きな動物だ。
ということは、クジラ?
それを肯定するように、私の口からぽぉーと笛の音のような音が出た。
はっと目を覚ます。
私はベッドの上で丸くなっていた。
手を確認する。間違いなく人間の手だ。
――夢か。
リアルな夢だった。
水の感触も、温度も、その中を泳ぐ感覚も、体に残っている。
不思議なこともあるもんだ。
私は布団を蹴って起きると、夕飯のために部屋を出た。
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