バーバとの馴れ初め

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バーバとの馴れ初め

「私とバーバの馴れ初めですか?」 「聞きたい」 「俺も」 遅れてもう一人恥ずかしそうに手を挙げた。 「ままたんとぱぱたんの情熱的な馴れ初めは聞いた。聞いてないのはままたんとバーバの馴れ初め」 「困りましたね。全然面白くありませんよ」 たいくんとここちゃんと那和さんと沙智さんと亜優さんに手伝ってもらい山のような洗濯物を畳んでいたら、いつの間にかそんな話しになってしまった。 「私とバーバはクラスは違いましたが同じ高校の同級生です。やくざの息子だということはみなさん知ってました。一生関り合いを持つことはないと思っていたのですが……」 そこで言葉を止めると昔を懐かしむように空を見上げた。 「絡み合う運命にどうしても抗うことは出来ませんでした」 「お疲れさまでした」アルバイト先のファミレスを出た僕はもらったばかりの給料を握り締め銀行に急いだ。家賃を今日中に振り込まないと今度こそアパートを追い出される。 あれ、彼って確か……。 同じ高校の制服を着た長身の男子生徒がふと目に入った。男らしく凛々しい風貌の彼はどこにいてもよく目立つ。 横断歩道を渡っていた高齢の女性が轍に押し車の車輪が嵌まり抜け出せなくなったみたで、押したり引いたりしているうちにバランスを崩し転倒した。 そのことに気付いた彼が、 「ばあちゃん大丈夫か」 すぐに引き返し高齢の女性に駆け寄った。 「橘、なにやってんだ。赤に変わるから、早く押し車を持ち上げてくれ。ばあちゃん、肩にしっかり掴まってろ」 他人のことに関しては無関心なのか、みな足早に通りすぎていく。 怖い見た目とは違い優しい一面を垣間見て胸がなぜかドキドキした。 「あれま」 彼は大きなリュックサックを背負っているのに高齢女性を軽々と抱き上げた。 「家は近いのか?」 女性が住所を口にした。 「十五分は掛かるな。ばあちゃん、家に行くより医者に行ったほうが早い。一回みてもらったほうがいい。この先に整形外科があったはずだから。橘行くぞ」 なんで名前を知っているのか僕は驚きながら押し車を押しながら彼のあとを追い掛けた。 「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか」 連絡を受けて病院に駆け付けた女性の娘が頭を深々と下げた。 「いいってことよ。軽い捻挫で良かった。帰るぞ橘」 「あの、待ってください」 女性が白い封筒を差し出した。 「それでばあちゃんに旨いものを食わせてやれ。ふたりの娘たちと孫がなかなか遊びに来てくれなくて寂しいって話していたぞ。親が生きている時しか親孝行は出来ない。あとで後悔するより、今のうちにばあちゃんに親孝行してやってくれ。頼む」 女性に軽く頭を下げるとすたすたと歩きだした。
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