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その横断歩道を渡って5分歩くと相澤英理の自宅に着く。
車道は片道2車線。合計4車線。この地域にしては広めの通りだが普段から車は少ない。歩道にも人通りはあまりない。
なのでいつもは信号を無視して渡った。左右を見て何も来なければ。
しかし英理は動かなかった。家に帰りたくなかった。
もうすぐ夕方5時でママはいるだろう。帰って会ってどんな顔をすれば? 普通にできる?
それでも他に行き場はなかった。ともだちにも会いたくない。帰るしかない。
英理が車道に出るとクラクションが鳴った。大きく長く響く音。見るとダンプカーが迫り「轢かれる!」
次の瞬間左腕をつかまれ歩道に引き戻された。作業着の若い男が英理を抱きかかえ地面に倒さないよう膝をつき車道を振り向く。ダンプカーはブレーキ音を立てて横断歩道にさしかかり、しかし停まらずすぐ加速して唸りながら走り去った。黒煙を吐きひどい臭いを残して。
「行っちまった」と青年は見送ったあと英理を起こし「だいじょうぶ?」
「すみません」と英理は手を借りて立った。
「気をつけないと」
すぐ手を放した青年は英理の鞄を拾い、
「赤だった」と渡して信号を見る。
英理は鞄を受け取り信号を振り向く。今やっと青になったところで、
「はい」とうなずき目を伏せる。
「何かあった?」と青年は覗くようにし、
「いえ――」と英理は小さく首を振った。
「もう平気?」
聞かれて英理は目を合わせぬままうなずく。平気ではなかったが言えるはずもない。初対面の人に事情は言えない。
「じゃあ」と青年は信号を渡っていく。
英理は自分の胸に手をあてた。動悸が激しい。下手したら死んでた。もし死んでたらどうだったろう。ママはどう思ったろう。
英理は深呼吸したあと青年を探す。ろくに礼を言わなかった。青年は向かい側の車線の左、離れたところで倒れた自転車を起こす。方向転換してまたがり離れていく。英理の自宅とは逆方向だった。
***
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