勇者が魔王を倒した話

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国や世界のために力を尽くしたのに、 全てを奪われていた。 親も、伴侶も、友人も、故郷も、思い出も、約束も、信じていた平和すらも何も何も残っていない。 なぜだ、なぜ。 私がなぜこんな仕打ちを受けねばならない。 地位を与えられた。 臣下としての忠誠を強要された。 屋敷と管理を行う使用人を与えられた。 一挙一動を王に報告されている。 名誉を与えられた。 胸を張らなければ責め立てられる。 求めていない、欲していない、こんなものは、何一つ。 勇者だなんだと褒めそやしながら私自身の意向など存在すら想像していない。 笑顔を貼りつけながら心の中でどろどろと怒りと絶望を煮詰めているうちに、何かが変容していくのを感じた。 壊したい、ああ殺したい。 なぜ私を一人にする!? 王も、民も、母も、父も、妻も、友も、誰一人許せない。 誰か一人くらいは私を考えてくれる人がいてよかったではないか。 私の幸せを願ってくれてもよかったではないか。 誰一人、何一つ、私のためにはあってくれない。 こんなにも多くの人間がいながら、 こんなにも多くのものがありながら、 世界の全てが私のためには存在しない。 なぜ、なぜ。 壊したい、殺したい、 私に寄り添わないのなら、全て無くしてしまいたい。 そうして次の魔王が誕生した。 すべてが憎い。 すべて、すべて。 やがて勇者がやってきた。 人々を苦しめるのはやめてほしいと。 だから問いかけた。 愛するもの全てを奪われてしまった者はどうすべきだと考えるかと。 勇者は答えた。 そうなる前にお前を倒すと。 そうだったらよかったかもな。 私が魔王になどなる前に、何も知らないうちに殺してくれるものがあったらいっそよかった。 いや、はじめから強くなければよかった。先に逝かせてしまうくらいなら弱いまま一緒に死ねばよかった。 お前に私が殺せるか。 この憎しみも、全てを切って捨てられるのか。 全てを奪われていないお前が。 それからは長い戦いだった。 思った以上に勇者が弱い。 ひやりとさせられることすらない。 愛するものを守りたいのではなかったのか? そう浮かんだ疑問は意図せず音になっていたようで返答があった。 「守りに来た。 そのために強くなった」 「それにしてはお前は弱い」 大層悔しそうな顔で勇者が激高した。 気持ちはわからないでもない。 「お前に何がわかる。 破壊のために力をつけたようなお前に!」 わからない。 親も、伴侶も、友人も、故郷も、思い出も、約束も、すべては私のものではなかったのだ。 あの時信じた何もかもが、泡と消える幻だったのだ。 愛していた。 守りたかった。 生きていてほしかった。 待っていてほしかった。 笑顔で、肩を叩いて、声を上げて、平和を喜びたかった。 確かに、そう、願っていた。 その願いを守るには、誰よりも何よりも強くなればいいのだと、信じていた。 信じてはいけなかった。 ああ、だが 「お前は、とても弱いな」 「俺は負けられない。 たとえお前がどれだけ強かろうと! 俺が、絶対に、この世界を守る!」 「勇者よ、お前は勇者だが、強くない。 お前より強い人間は探せばいくらでもいるだろう。 当然、魔王の私を超えることもできない」 「くっ、確かにお前は強い、化け物だ。 それでも、負けられない、負けないんだ俺は!」 お前は、弱い。 だからこそ、俺が負けよう。 「お前は私と全く違う」 どうにも遅い剣に胸を貫かせてやった。 熱い、焼けるようだ。 もう、疲れた。 一人で怒り、憎しみ、嘆く。 それはどこまでも限りがなく、何より寂しい。 これで消えることができるだろうか。 それとも多くを殺し苦しめた私は地獄とやらへいくのだろうか。 願わくば、もう二度と世界に生まれてきたくない。 「ああ、私の願いは」 叶わないのだったか。
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