第五話 情状立証

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第五話 情状立証

一  道路交通法違反、公務執行妨害ならびに麻薬取締法違反の罪に問われたとうさんの初公判は、帝紀二六七六年十二月十四日の午後三時から、帝都地方裁判所・第五四一号法廷にて開催された。  法廷の重いドアを、体全体で押すようにして開けたギンは、五十席ほどある傍聴席の間を足早に移動するや、最前列右端に用意されていた関係者席に、菫色のランドセルをギュッと抱きしめながら座った。 「遅なってしもたァ。かんにん」  開廷後三十分を経て、突如現れた小学生の女の子に、複数の好奇の視線が向けられたようであったが、ギンは意に介さず、隣席の長身の男性に、囁くようにそう告げた。 「いや、グッドタイミングや。見てみィ」  龍おじさんが顎で指し示す法廷のクリーム色の壁には、七十インチはありそうな液晶ディスプレイが、傍聴席から見て左右に一台ずつ(しつら)えられており、中央に離れ小島のように存在する証言台の小さな卓の上にも、タブレット端末が確認できた。  その壁のディスプレイには、検察側が提出した証拠の一つであろう『赤い六芒星(セラフィム)』の画像が映し出されていた。  ギンが、六月三日の朝にとうさんのスーツから見つけた物と、色と形は言うに及ばず、透明フィルムを使ったパッケージの仕方まで同じであった。  事前に、弁護士先生から第一回公判期日の流れを教えて貰っていたギンは、 ・人定質問 ・冒頭陳述 ・検察側の証拠調べ  ――と、審理が予定通り進んでいることを、その映像から知った。 「いま提示したセラフィムは、あなたが所持していた物で間違いないですか?」  四十歳ほどに見える男性検察官が、チャコール・グレーのスーツに身を包んだとうさんに向けて、既定の事実を確認するような物言いで質問を発した。 「はい」  まるで高校球児のように髪を刈り上げたとうさんは、短くそう答えると、口を真一文字に結び、その後に続く検察官の言葉を神妙な面持ちで聞き入っていた。  ギンが、とうさんの姿をこうして見るのは、拘置所を訪ねた()()()以来、二カ月振りのことである。  程なく検察側の証拠調べが終わり、いよいよ弁護側の証拠調べ――『情状立証』――が、始まった。 二  ダーク・ネイビーのパンツスーツ姿の弁護士先生は、やおら立ち上がると、とうさんが書いた反省文を弁第一号証として提示、その要約を陳述した後、損壊した車両の所有者である帝都中央運輸サービス社と示談が成立したこと、改悛(かいしゅん)の心情を表すために贖罪(しょくざい)寄付を行ったこと、馬券を買う為に利用していたネット・サービスを退会したこと、ギャンブル依存症の治療を始めたこと、勤め先から解雇され既に社会的制裁を受けていること、などの事実を、   ・弁第二号証 示談書 ・弁第三号証 贖罪寄付証明書 ・弁第四号証 退会処理通知メール ・弁第五号証 診断書 ・弁第六号証 懲戒解雇通知書  といった関係書類を証拠として示しながら、次々と明らかにしていった。  事故車両の修理費用、帝都中央運輸サービス社への慰謝料、帝国弁護士会贖罪基金への寄付金、医療費および生活の糧を失ったとうさんの当面の生活費には、ギンからとうさんへ贈った二億円―― 「義兄(にい)さんにそないな大金ポンっと渡したらァあかんて。先生、頼ンます、管理しはってください」  との龍おじさんの嘆願が尊重され、財布の紐は弁護士先生が固く握っている ――のごくごく一部が、早速活用された。  その考え抜かれた使途は、 「情状心理形成の一助になる筈です。ギンちゃんの言う通り、お金が全てではありませんが、お金無くしてこれらの手は打てませでした。ギンちゃんのお陰ですね」  ――と、語る弁護士先生の発案によるもので、思いがけず褒められたことも加わり、ギンは、おおいに満足していた。  証拠書類の説明を終え、検察官より 「特にありません」 との意見が返ってくると、弁護士先生は、裁判官から傍聴席へと視線を転じ、軽く肯きながら、ギンに目配せした。  いよいよやわァ、とギンは、お腹に力を込める。 「続いて、証人尋問に移ります。弁護側の証人は、証言台の前へ」  正面の壇上に座を占める三名の裁判官のうち、真ん中に座る一番年かさで、一番厳めしい顔をした男性が、そう厳かに宣った。  ギンが証言台に立つことは、事前に申請され、裁判官によって弁護側の唯一の情状証人として採用されていた。 「ほな」 「おう、しまっていこう」  龍おじさんに送り出されたギンは、素早く立ち上がるとランドセルを背負い、近づいて来た廷吏さんの案内に従い、傍聴席から中央の証言台の前へと移動した。  低い(どよ)めきが、背後から湧き起こる。 「静粛に――」  裁判長が発した注意を耳にしながら、背から降ろしたランドセルを証言台の椅子の上に置いたギンは、証人出頭カードと宣誓書に記入、押印すると、長い睫毛に縁取られた瞳で正面を見据えた。  職業欄に、一瞬の戸惑いの後に小学五年生と書いたギンは、帝国領内の小学五年生の代表になったつもりで、背筋を伸ばし、裁判長に負けないくらい厳粛な声で宣誓した。 「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」 三 「証人と被告人との関係を教えて下さい」 「長女です」  ギンは、右手に立つ弁護士先生の質問に、正面に顔を向けながら努めて端的に応じた。 (顔は裁判官の方を向いて、聞かれたこと以外、余計なことは喋ったらあかん……)  証言台の椅子に座ったギンは、先生から教えられた、証人尋問における注意点を心の中で反芻(はんすう)する。 「被告人が勾留されている間、面会には行きましたか?」 「一度だけ行きました」  目的は、弁護士先生と共にとうさんを『説得』する為に。だが、枝葉の事象は、聞かれるまで話さない。 「そのときの様子を、教えて下さい」 「私が訪ねて来るとは思ってなかったみたいで、父は、とっても驚いたようでした。それから泣きながら、『迷惑をかけた、反省している』、と謝罪されました」 「これまで、被告人が泣いているのを見たことは?」 「ありません。だから私もびっくりして……もらい泣きしちゃいました」  大の男が小学生の娘の前で、恥じ、泣き、謝り、猛省した――そんな一連の事実を裁判官に伝え、改悛の心情を印象付けるべく、企図・準備された質疑である。  弁護士先生は、小さく肯く。 (さあ、これからが、本番やァ)  ギンは、次のステップに入るのを前にして、小さく深呼吸した。  弁護士先生とギンは、これから、セラフィム入手経路について、これまで繰り返していた 「競馬場で見知らぬ人物から貰った」 とする供述を(ひるがえ)し、ついに真実を語り、捜査に協力しようと考えるに至ったとうさんの心情の変化を、この法廷で再現しようと考えていたのである。 「他にどんな話をしましたか?」 「総務部長さんが、急にお亡くなりになったことを伝えました」 「その方は、帝都中央運輸サービス社の元取締役総務部長さんのことですか?」 「はい」  あの日――。  ロト6の当たりくじを三人の大人達に披露したギンは、十五分ほど経過してから、秘書さんの案内のもと龍おじさんと別室へと移動した。  室内には、会議机に大きなディスプレイが用意されていて、そこには、新たな訪問客――『お詫びと訂正』の為に馳せ参じた総務部長さんことバーコード氏――と対峙する弁護士先生の姿が、複数のカメラによって映し出されていた。 *   *   * 「いや、先ほどは、大変な失礼を……」  被害届けを取り下げさせようと必死のバーコード氏は、氏の個人史上ベスト・ワンであろう低姿勢でもって話を切り出した。  その出鼻――謝罪の言葉が口腔内で未だ形成されないうちに、女弁護士は、絶対零度の刃で舌根を斬り裂いた。 「被告人が、吐きました」  自白しました、でもなく、供述しました、でもない。  吐きました、という表現にギンは、驚いた。 「あなたとの関係を。全て」  その効果は、絶大であった。  バーコード氏は、 「ふえ?」  と、ひとつ、言語に成らぬ音声を発するや、口をあんぐりと開け、細い目の奥の眼球を左右に激しく動かした。  広い額には、たちまち玉のような汗がフツフツと湧き上がる。 「ま、まさか……」  動揺した口から飛び出したのは、まさかの「まさか」であった。 「まさか?」 「い、いや。な、なんのことでしょうねェ、わ、私にはサッパリ……」  しどろもどろでシラを切ろうとするバーコード氏を、弁護士先生の冷淡な声が制した。 「なんのこと? セラフィムを被告人に供与した件です」  弁護士先生は、問答無用といった勢いで、はったりをかませた。 「あなたが余りにも被告人の保釈に熱心なので、いくつか調べさせて頂きました。うちの秘書は、優秀でして、あなたの会社の遊休資産――休眠中の倉庫に、数ヶ月前から外国籍とみられる複数の男達が、夜間に限り出入りしていると近隣住民の間で噂になっていることを突き止めました。()()ですが、すぐ近くに住んでいるのです」  単なる偶然ではない、天の神様が引き寄せたのだ、とギンは思った。 「入退室用のセキュリティ・カードを使用しているところをみると会社関係者のようだが、風体は、如何にもいかがわしい。夜間に限って車両の搬入出もある。この報告は以前から得ていたのですが――被告人の自白で合点しました。ガサをかけたら面白いものが出てくるんじゃあ、ありませんか? 赤い六芒星とか?」  バーコード氏は、分厚い唇をワナワナと振るわせた。  その表情の変化を観れば、誰もが図星と捉えただろう。  もっとも、弁護士先生は、此の『謝罪会見』に先立ち、休眠倉庫の使用目的については、天の神様に『お伺い』をたてていた。  即ち、絶対的な確信をもって、先生は、罠を仕掛けたのだ。  故に、続く言葉は、強きも強きであった。 「此の情報は、捜査関係者に提供済みです。あなたがシラを切るのは勝手ですが、被告人が自白した以上、捜査の手は、直ぐにでも及びますよ? そして証拠隠滅を防ぐ為、あなたは、この場で別件逮捕される。二件の暴行の容疑で。被疑者の一人は、十歳の女児です。若月選手が、姪御さんを守らんとあなたと対峙する瞬間をカメラが撮らえてもいる。マスコミが食いつき、公開処刑されるのは必至でしょうね――もしあなたが罪を認め、自首をするのなら、被害届は取り下げますし、検察にはあなたの事情を斟酌(しんしゃく)するよう可能な限り働きかけます。さあ、三秒与えます。どっちが得か考えなさい」  弁護士先生が、そう突きつけた瞬間、秘書さんに案内されてスーツ姿の男性が二人、部屋に入ってきた。  私服警官だとバーコード氏は、察したのだろう。がっくりと項垂れると、絞り出すように言った。 「自首……します」  バーコード氏は、 「わ、私は、セラフィムをうちの倉庫で製造させ、密売に……関与しました」 と犯行を認めると、二人の刑事さんらに連れられ、帝都警察本部へと連行されて行った。  秘書さんが、その後に続く。  一人残った弁護士先生は、やおら立ち上がると、隠しカメラの一つに向かってブイサインをしてみせた。  そのおよそ一時間後――。  帝都拘置所に到着したタクシーからギンと龍おじさんが降り立ったその時、弁護士先生のケータイが、着信を知らせた。  トートバッグからケータイを取り出し、耳を当てる先生の表情が、みるみる青ざめて行く。 「総務部長さんが、たった今……お亡くなりになったそうです」  バーコード氏は、帝都警察本部へと移動する為に警察車両へと乗り込んで間もなく、突然、意識不明、心肺停止状態となり、ただちに警察病院に搬送されたものの、救命措置のかい無く死亡が確認された、とのこだった。  死因は、脳出血――。  脳内に仕掛けられた動脈瘤(どうみゃくりゅう)と云う名の時限爆弾が、破裂したのだという。  果たしてこの『爆発』は、単なる()()なのだろうか、とギンは、大きな瞳を見開きながら思った。 四 「被告人は、総務部長さんの死を聞いて、どのような様子でしたか?」 「驚いた顔で、『殺されたのか?』と聞いてきました」 「殺された? なんと答えました?」 「脳出血だよ。脳の血管が破裂したんだよ。なんでそんな怖いこと聞くの? と答えました」 「被告人は、なんと?」 「父は、声を低めて『あの人は、怖い人達と付き合っていて、その人達とトラブルがあって殺されたのかと思った……』、と言いました。『とうさん、あの人から脅されていて、言うこと聞かないと、ギンちゃん達も危ない目に会うかもしれないって、ずっと思ってたんだ』とも。そして、『そうか、死んじまったのかあ……』と、なんだかホッとしたように云いました」 「証人は、それを聞いてどう思いましたか?」 「とうさんが、セラフィムを競馬場で貰ったなんてミエミエの嘘つくのは、これが理由なんだな、と思いました。セラフィムをとうさんにあげたのは、総務部長さんに違いない、と思いました」  ここでギンがそう考えた理由は、敢えて語らないし、弁護士先生も質問しない。  理由もなく、子供ながらそう直感した、との空気感を醸すだけで押し通す。 「それから?」 「あの赤い錠剤をとうさんにくれたのは、総務部長さんなんでしょ? とうさん正直に話して。()()()()が、見ているよ、と言いました」  ギンが、このとき指摘したのは、六月三日の朝にとうさんのスーツから見つけた大量のセラフィムのことであり、とうさんもそのつもりで応じている。 「父は、目を見開いて、震えながら、何度も、何度も肯きました」  この瞬間、ギンは、確信する。とうさんは、天の神様が、総務部長さんに死を賜ったと考えていることを。  次は、自分じゃないのかと怖れていることを。 「そして、『わかった、正直に話すよ。とうさんのお客さんは、年配で、お金持ちの方が多いから、そんな人達相手にサプリだと偽って無料(ただ)で配れって言われたんだ。いったん受け取ったんだけど、とうさんやっぱり怖くて、出来なくて、借りてたお金と一緒にクスリを返したら、まあ、一つくらい持っていろっ、共犯者の証だ。このこと喋ったら会社に居られなくなるし、奥さんと娘さんも無事じゃないからな、と言われたんだ』と、囁くような小声で答えました」  とうさんが、返した百三十万円の出所は、かあさんである。  理由を全く云わないとうさんに、かあさんは、祖母――ギンにとっては、月御門(ツキミカド)の曾祖母――の遺産である有価証券を売却して資金を調達すると、離婚届けと共にとうさんに突きつけたのだ。  かあさんは、このことをつい最近まで黙っていた。 「それからどうしました?」 「父に謝りました。私が、総務部長さんのモデル事務所と契約していれば、お金の問題も解決して、いま聞いた話なんかに巻き込まれなくて済んだんでしょう? ごめんなさい、とうさん、ごめんなさい、て」  ギンの悲痛ともいうべき声音が、法定に響き渡った。  とうさんの『虚偽の供述』および違法薬物の『所持』は、自らと家族の生命を守る為に、苦悩の末に、止むを得ずなされたものであることを、ギンは一連の会話を詳述することで、強く裁判官に訴えかけたのである。  ギンは、検察側が提出した『供述調書』では、この「脅迫され、嫌々ながら」と言う背景が欠落していると弁護士先生から伝えられていた。  故に、自ずと声にも力が入り、熱も帯びる。 「父は、『ギンちゃん違うよ、違うんだ』と、否定しました。そして、『とうさん、いまギンちゃんに明かしたこと、ちゃんと検事さんに話すから。()()()()に睨まれたんなら、もう逃げれやしない。だから、そんなふうに自分を責めるのは、止めなさい。悪いのは、全部とうさんなんだからね』って、なんだか学校の先生みたいな口調で言いました」  ホモ・サピエンス史上最強の反面教師やのにィ、との台詞を飲み込んだギンは、横目で左手を見た。  先ほどの証拠調べで発言していた検察官は、無表情である。  拘置所での会話は、通常、録音・録画されるという。  即ち検察官は、父子の会話を知っていた筈だ。  それにも関わらず、供述調書に、真実を語るに至った背景を正確に記述しなかったのは、とうさんの情状に有利に働く材料であったからだろう、というのがギンの理解である。  その事実が、いま裁判官の前で、明らかにされた――ギンはひと仕事やり終えた気分であった。 「最後に、お金のことは心配しないでね、と言いながらロト6(ロトシックス)くじを父に見せました。当選発表は今晩だけど、()()()()に聞いたから、きっと一等だから。マンションの家賃とかこれで払っとくから安心してね、と言って別れました」  とうさんが、検察官との面談を希望し、セラフィム入手の真相を供述したのは、その直後であったという。 「裁判長、ここで弁第七号証を示します」  弁護士先生は、裁判長に顔を向けると、証拠品を提示した。被告人側の席に座る秘書さんが、ノートパソコンを操作し、ディスプレイに映像が映し出される。 「ただ今の証人の証言にあった、ロト6(ロトシックス)くじ引き換えカードです。証人が被告人との面会を終えたおよそ七時間後に当選発表が行われ、証人が()()した通り、一等に当選しました。この回の一等賞金総額は、六億円。当選本数三本とも証人が購入したものです。即ち、この引き換えカード一枚は、二億円で換金されます」  弁護士先生が、涼やかな声音で淡々と事実を述べると、傍聴席から再び、前回に勝る(どよ)めきが沸き起こった。 「静粛にっ」  裁判長は、鋭い一声を発すると、女弁護士に視線を向けた。信じられない、と言いたげな表情を浮かべている。 「弁護人は、続けてください」  弁護士先生は肯くと、顔をギンへと再び向けた。  いよいよ最終ステップであった。  ギンは、主尋問の論点を練る際に、弁護士先生が語った或る言葉を思い出していた。 「裁判官が、一番知りたいと思っていることはね、ギンちゃん。お父さんの再犯防止と更生に向けて、今後、離婚後五カ月を経た()()()が、どのように関わって行くのか、と言うことなんです。果たして被告人を監督する意思はあるのか? あるとしたら、その具体的な計画――再び同居して生活を監視するとか、そこまで出来なくても週に何度か様子を見に行くとか、毎日電話をかけるとかね、そんな具体的な計画を有しているのかを知りたいと思っている筈なんです。そんな担保があってこその、情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)なのです」  弁護士先生は、最後の仕上げとばかり、その点を真っ正面から質問してきた。 「証人は、この賞金六億円の一部を、これまで被告人の保釈金、慰謝料、贖罪(しょくざい)寄付金、医療費および保釈後の生活費などに充ててきましたね?」 「はい」  小学生の子供でありながら、経済的支援を充分過ぎるほど行っていることを、弁護士先生は、ここで敢えて強調した。 「では、今後はどうでしょう?」  先生は、ここで一拍置く。 「証人は、離婚したお母さんと暮らしていますね? そのような状況にあって、証人もしくはお母さんが、ご家族として再犯防止と更生に向けて、被告人を監督することは可能ですか?」  ギンは答えた。そして力強く、斬り捨てた。 「家族としては、無理です。母は、父に、ほとほと愛想を尽かしています」 五 「私自身は、父がやり直せるなら、お手伝いしたいと言う気持ちはあります。ですが、今は離れて暮らしていますし、まだ子供です。四六時中、父の生活態度を監督する、という訳には行きません。月に何度か、週末に様子を見に行く……ぐらいのことは出来るかも知れませんが、お酒とお金にだらしない人ですから、それでは不十分かも知れません。職場の方のサポートがあれば良いのですが、生憎(あいにく)、父は無職です」  法廷内の誰もが、真っ当な意見だと感じたことだろう、と弁護士Kは、思った。  そして、歳に似合わぬしっかり者のお嬢さんだと。 「だから……()()()()しました。『ミッドナイト・リバース』社と言います。リバースとは、厚生、再生あるいは逆転と言う意味です。そこで父に()()()()()働いてもらい、職場の方のサポートを得ながら、再犯防止と更生に向け、監督を行います」 「会社を起業? 住み込みで働く? いったいどのような?」  女弁護士は、裁判官の心情を代弁するかのように、困惑を装いつつそう質す。 「私が住むマンションの一階に、大家さんが経営するコンビニ『セブン・アイランズ』が入居しています。母も、翻訳業の仕事をしつつ週に二日、()()のパートで働いてます。実は、大家さんは健康上の理由から、フランチャイズ契約の更新期限である来年三月でもって店を閉め、田舎で療養される意向です。その店舗を継続させる為に、新会社を設立しました。社長は私、副社長は、母と叔父です。この話をセブン・アイランズ本部にしたところたいへん乗り気で、契約も締結済みです。もちろん、従業員の皆さんの理解と賛同も得ておりますし、事情を知るご近所の方々も安堵されてます。三方一両損ならぬ三方一両()の大岡裁きです」  被告人Xの長女は、打合せにない洒落を口にすると、薄紅色の唇に微笑を浮かべた。 「裁判長、ここで弁第八号証および弁第九号証を示します。証人が設立した新会社の定款、セブン・アイランズ本部と交わした契約書です」  弁護士Kは、すかさず証拠文書を提示した。秘書Mも阿吽の呼吸で、画像を切り替える。  あの(シロガネ)カノンが、オーナーを務める店舗が、実店舗として開店(オープン)する――。  此の爆弾がもたらす経済効果を皮算用したであろう本部は、端から見ていても乗り気で、話はトントン拍子で進んだのだった。 「証人のお母さんは、被告人に愛想を尽かしているとのことでしたが、同じ職場で働くことに抵抗はないのですか?」 「家族としては、無理だけど、副社長と平社員の関係なら、有りだそうです」  その韻をふんだ言い回しに、弁護士Kは、複雑な女心を垣間見た気がした。 「では、再犯防止と更生に向けた体制については問題ありませんね?」 「はい。ありません」  長女は、今度こそ力強く断言する。  弁護士Kは、満足げに肯くと、裁判長に向かって言葉を発した。 「証人の証言にもありました通り、被告人にセラフィムの()()()()教唆(きょうさ)した帝都中央運輸サービス社の元役員は、既に死亡しております。また同社の休眠倉庫にてセラフィムの製造を行っていた一団は、過日、一斉検挙されました。被告人と違法薬物を繋ぐ接点は、既に断ち切られていること、赤い六芒星の製造元の解明は、被告人の真摯(しんし)な協力なくして、為し得なかったこと、この二点を敢えて申しあげ、弁護側の主尋問を終わりとします」  弁護士Kは、そう明言すると自席へと戻った。 「続いて、検察側の反対尋問を始めて下さい」  裁判長に促され、四十歳ほどに見える男性検察官が、やおら立ち上がる。  次の瞬間、男の口から発せられた言葉に、弁護士Kは我を疑った。およそ、前例に無いことであったからである。 「特にありません」  男性検察官は、証人に深々と一礼して着座する。  その時、目線が交わり、検察官は、小さく肯いた。  それは、果敢にも証言台に立った十歳の少女への敬意の表れのように、彼女には、思えた。
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