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帰り道
まずは、音が消えた。
「……え?」
「だーからー、オッケーして貰えたんだってば! ほんと最高! マジ協力してくれてありがとね!」
目の前の女の子は、胸元に寄せた携帯をギュッと大事そうに抱きしめる。さっき見せてくれた待受には、間違いなくこの子と先輩が仲良さそうに映っていた。
――告白、したんだ。
ぼんやりと、その事実を思い知る。
うん、分かってる。ずっとずっと好きだって言ってたもんな。先輩のことも、色々と聞いてきた。知ってた、分かってた。でもまさか、こんなに早く付き合うなんて思わないじゃん。
「よかったじゃん」
声は、少しだけ震えてる気がした。だけど彼女はそれに気付くことなく、ほんのり色付いた頬を更に緩める。
「うん。あーもー、嬉しいよ。アンタが紹介してくれたおかげ!」
「あはは、そんな大したことしてないって」
「あたしにとっては大したことだったのー!」
ふふ、と綻んだ口元を携帯で隠す。幸せそうな笑顔だった。ほんのちょっと過ぎった寂しさを、別にいいかなと思えるくらい。
「だからさ、今度はあたしがアンタの手伝いをするから! 好きな人ができたら言ってよね」
「うーん、当分ないかなあ」
「えーっ。なぁんでー、一緒にワイワイしたいよー! 恋バナしよーよお!」
彼女は不満げに唇を尖らせ、駄々をこねるように俺のシャツを引っ張った。せっかく優等生らしくシャツインしてるのに、ズボンから抜け出てしまいそうなそれを慌てて抑えて叫ぶ。「好きな人ってそう簡単に出来るもんじゃないじゃん!」
「それにさ、男が恋バナって変じゃんか」
「そんなことないよ! 好きな人のこと好きって言うのに性別なんて関係ないじゃん!」
「……そうかなあ」
離れていく手を眺めながら呟いた。
俺が好きな人の名前を口にしたら、たぶん彼女はその大きな目を更に見開くんだ。それから……、どんな表情をするのかな。本当に、キラキラ顔を輝かせながら俺の話を聞いてくれんのかな。
「好きなコ出来たら真っ先に教えてよね! サッカー部の連中より先に! ね!!」
「ああ、分かった。分かったよ」
俺の心なんて知らずに、彼女は満足そうな笑顔を浮かべる。先輩が、可愛いって言ってた顔。
たしかに可愛いし、見ているこっちまで笑顔になれるから分からなくもない。話していても楽しいし、言動はちょっとアホっぽいけど、まぁそこがまた可愛いし。いつもお洒落してるし、勉強は出来ないけど努力家だし。それに、女の子だし。
「だからね、明日からは先輩と帰るんだぁー! サッカー部の練習さ、教室で待つの」
「へー」
昨日の帰り道、俺を含めた何人かにジュースを奢ってくれた姿を思い出す。あの笑顔は、明日から彼女だけのものになるんだな。そう思うと、ちょっとだけムカついた。だから、これは単なる仕返し。
「よかったね。帰り、たぶん毎日なんか奢ってくれるよ」
「え?」
「あの人奢りたがりだから。知ってるだろ?」
「……いや、知らないし! てかその言い方お金目当てみたいじゃん、やめてよ!」
「うわっ」
スクールバッグが勢いよく背中を叩く。その怒った顔があまりにも恐ろしくて、……ブサイクで、少し笑ってしまった。
そんな顔、先輩には見せらんないね? ああいや、あの人ならそれも可愛いって言いそうだ。あーあ、ほんっと、最後まで俺と合わねえな。
「違うからね! ほんとに好きなんだもん!」
「はいはい、そーだね、知ってる」
「ほんとバカ! 先輩にはそんなこと言わないでよ!」
「ふ、あはは。分かったってば」
笑いすぎた視界が滲む。溢れてこぼれたはずの涙は、頬を伝うことすらしなかった。
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