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二〇四街は家畜の糞尿が積みあがってできた土地だ。 街に古くから住む子供達は、大人のそんな自嘲めいた言葉と共に成長する。当然彼らは尊厳を緩やかに汚泥の中に落とし、見失っていく。そうして卑屈さが卑屈さを連鎖させ、街を覆う灰色の空は一層その陰鬱さを濃くしていったのだ。それは長年降り積もった雪のように重くのしかかる。 確かに歴史を遡ればこの街は、百年近く前に開発されたもので、その前は一帯全てが放牧地だったらしい。一面に広がる低木や草の上を、羊や馬、牛が気ままに動き回り、草を食み、そして糞尿を垂らしていた。そうした家畜業で生計を立てる家が何代にも渡って暮らしていた。山間に囲まれたこの場所にとって、戦争や、飢饉や、疫病などは遠い出来事であり、あらゆる進歩と変化から隔てられていた。その中でゆっくりと、この地に住む人々の何かを消してしまったのだ。 千年以上も停滞していたそんな場所が、ほんの百年前に開発された。国力の増強と文明化という国の方針によて、あらゆる辺境は辺境のままであることを許されなくなった。外界と隔絶した山の中腹にトンネルが開けられて、車道と線路が通された。周辺の山々には次々とペンションやホテルが建てられ、トンネルを抜けて多くの客がやって来た。放牧地だったこの場所も、うず高く積み上げられた堆肥の山が均されて、コンクリートの舗装がされた。彼らは農作業服から、小ぎれいなスーツに着替えさせられた。 「この地はこれまで自然が支配する場所だった。しかし、これからは人間が支配する場所となる」 一帯の開発を担当した公団が掲げたスローガン。その言葉で先住者たる彼らは、自分たちが人間として認識されていないと実感した。人間になる為には、外界たちに見える格好をしなければならないのだ。都市部で作られる腕時計を巻き、同じ言葉を話し、お金を稼ぐ為の新たな仕事ーー外の人間にこの土地の素晴らしさを繰り返し伝えることーーをする必要があった。 長年自分たちの生活と共にあった牛や馬を全て屠殺した後、彼らは微笑みを張り付け、次のような言葉を繰り返すようになった。 ――この辺りは自然が多く、都会で疲れた心をリフレッシュさせることができます。もし気に入ったら居を移すことも簡単。我々が丁寧にサポート致します。 ――この辺りで暮らすのは不便じゃないかって。それは問題ありません。電気も電話線も、水道も通ってきております。都心部と全く同じ暮らしやすさを保証しましょう。確かに山奥だから、移動が難儀するように見えますが、大丈夫。車があれば半日もせかからず、都心部に出ることだってできます。この国にもはや辺境はなく、技術の発達はあらゆる国民を隣人にしたのですから。 ――ぜひ、素敵な人生を。この二〇四街で。 そんな言葉を花向けに、先住者たちは彼らの先祖の軌跡を深く、深く埋葬した。家畜の匂いも、古い農場もなく、彼らの中にはただ後ろめたさだけが残り続けている。そんな彼らを罰することができるのは彼らだけだった。 二〇四街は家畜の糞尿が積みあがってできた土地だ。 その言葉は、その為の鞭であり救いなのだ。百年経った今、街は随分と小奇麗になり、利便性は増した。そうして、糞尿を積み上げることはなくなった。 だが、街は代わりのものを積み上げ続けていた。それは歪みだ。その存在を、先住者も、開発後に住み始めた者達も、多かれ少なかれ感じている。 だから半年前から、この場所で奇怪な殺人事件が続いても、住民にとって恐怖をもたらす出来事ではあったが、誰もがそれに納得もしていた。
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