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#3
起きてから感じた香ばしい匂い。
それに導かれるまま向かうと、台所に探し人がいました。焼いたパンの上に、バターを塗っている最中の貴方。
捲った袖から覗かせる腕は引き締まって、男らしく。ですが、さながら何かを撫でるような優しい手捌きで、バターナイフを滑らせています。
その手元にはパンを置く為の皿と、ヨーグルト、そしてホットコーヒー。二人分の朝食の用意。
「おはよう、王様。随分と素敵なお召し物だね」
貴方は手元の作業を続けながら、僕に話しかけました。
「不思議な生地で織られた服のようだ。まるで何も着ていないように見える」
いつもの悪戯めいた言葉選び。深く、落ち着きのある声なのに、その発言は少年のようで。くすぐるようなその感覚に、僕はいつも夢中になってしまいます。
「この生地は、心に邪なものを持っている人には見えないものなんですよ、スケアクロウ」
そんな風に言葉を返しながら、貴方の横に近づきました。その肩に頭を寄せて、その腰を横から抱くように腕を回します。僕の身体の熱が、肌の感触が伝わるように、貴方を欲情させられるように。
「そして、一際邪な人にはこの服が、見えないだけでなく、こうして触れていても、まるでないように感じるんですよ。ふふ……、ねえ、貴方は今、僕が裸で抱きしめているみたいに感じてますか」
「そうだね。確かに僕はかなり悪い男みたいだ。仰る通り、こうして抱きつかれていると、まるで君の肌を直に感じてしまっているから」
そう言いながら、貴方はバターナイフとパンを置きました。そのまま、僕の顎を指で挟み、くいと自分の方へと向かせます。
「だが、王様も随分と邪な心をお持ちのようだ。朝からこんなに蕩けた表情をして、期待して。それに」
もう一方の手を、僕の腰から臍、そして少し斜めにずらすようにしてゆっくりと上から下に撫でていきます。
「透明な服を通して、君の大切な所が求めているのがわかるよ。はしたなく大きくさせて。愛されたいと主張して」
そう言いながら、今度は逆に手を下から上へ。ですが貴方は肝心な箇所には触れてくれず、内腿の付け根までしか指を滑らせないのです。
ただでさえ、貴方が欲しくてここまで来たのです。最初こそ我慢していたのですが、顔を動かすこともできず、貴方に見つめられたまま愛撫をされ続けていると、たちまち立場を崩されてしまいました。いつものように、誘惑しようとした僕が、逆に堕とされる。
頭の中がどんどん真っ白になっていき、ただ本能のままに腰を動かして、動かすその手に触れてもらおうとします。ですが、そうすると手はするりとすり抜けて、焦らし続けるのでした。
「どうして。触って、くれないの」
興奮と切なさで荒くなる息の隙間から零した僕の言葉は、自分の耳にもあまりにはしたなく聞こえました。そんな浅ましい僕の言葉にも、貴方は優しく微笑みます。
「だって君は今、服を着ているのだろう。それじゃあそこを、直に触ることはできないよ」
言いながら、顎を押さえていた手と、下腹部を愛撫していた手の両方を、貴方は離しました。
「ほら、触って欲しいならその不思議な服、自分で脱いで」
その指示に戸惑いつつも、僕が胸元にボタンのあるていで指を動かすと、貴方は頷きました。
そのまま、僕はボタンを一つ、二つと外す不思議な動作を続けました。お腹の下まで外し終わると、袖から腕を抜き、存在しない服を床に脱ぎ捨てます。同じように下も、お腹のあたりの留め具を外して、お尻を突き出しながらずり下げる動きをする。
当然、透明な服なんて着ていないので、全てフリではあるのですが、改めて貴方の前で一人、服を脱ぐ動作をしていると、本当に今脱いでいるような気がしました。貴方の瞳で一部始終を観察されて、羞恥が胸の中にわきあがる。先ほどまでと同じ裸なのに、何倍も敏感になっていました。空気が肌を撫でるたびに、喘ぎ声が漏れそうに。
「脱ぎ、ました」
声がうわずりそうになるのを押し留めながらそう言っても、貴方は触れてくれません。ただ、わざとらしく肩をすくめます。
「思ったんだが、今から君を可愛がり始めると折角焼いたパンが冷めてしまう。君には一番美味しいタイミングで食べて欲しいのに」
その言葉のトーンは、相変わらず悪戯好きな子供のそれでした。いえ声音だけでなく、そう話す瞳も、まるで純粋で。その眼差しだけで、僕の中で愛おしさが溢れて、疼く。
ーー貴方が欲しい。
そう強く思ったら、もう全て負けでした。自分の口から次々と、欲望が言葉となって流れ出します。
「ごめんなさい、スケアクロウ。ごめんなさい。僕の為に用意してくれたのに、美味しく食べられるよう準備してくれたのに。でも、今はコーヒーやパンより貴方が欲しいんです。触って、舐めて、噛んで、抱きしめて欲しい。その手で僕のを握って、扱いて。玩具にして下さい。お願い、犯して。早く」
そこまで言ったところで、貴方はその顔を僕に近づけ、唇を重ねました。嗅ぎ慣れた、微かな煙草の香り。そして口内にぬるりと舌が入ってきて、僕の舌と絡ませてきます。その痺れるような快感に、頭の天辺から足先まで貫かれ、まるで蛇に捕食される直前の小動物のように、身動き一つ取れません。ただ、貴方のなすがままに。
数分ほどでしょうか、じっくりと僕の口の中を蹂躙した後、貴方は唇を離しました。二人の唇の間に、つ、と唾液が糸を引きました。
「ちゃんと謝ることができて、偉い王様だ」
そう言いながら、貴方は僕の頭を撫でます。全身が性感帯になってしまったのか、その感触すらも突き抜けるような快感でした。視線を落とすと、接吻の最中、何度も跳ね上がった自分の股間はまだ膨張し続けたままで、先端から透明な汁が漏らしていました。
「触っていないのにこれだけ漏らして、本当に欲しがりな部分だ。触らないでこれだと、触って、扱かれると壊れてしまうかもしれないが……どうする?」
貴方の問いかけに、愛欲に溺れた僕ができるのは頷くことだけでした。貴方はもう一度頭を撫でてから、歩けない僕を抱き上げて、寝室へと運んでいきました。
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