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貴方が随分と綺麗な歯形を残したものだから。貴方の為に、甘い甘い味の何かに僕はなりたいのです。 何かの香ばしい匂いに導かれ、眠りの淵からベッドの上へと僕は落ちてきました。ぼすん、と着地した頃には、それまで見た夢の世界などすっかり忘れて。ただ、貴方の身体を求めて隣に腕を伸ばしました。 それは赤子が母親を求める本能に近く、つまり随分と貴方に僕は変えられてしまったのでしょう。奥深くから、僕という歴史は蛮族の貴方に荒らされて、簒奪された。残ったのは貴方以降の時代。それが連綿と続いて、今の僕に接合する。 そんな残酷なまでに大きな存在の貴方。ですが、伸ばした手がその肌に触れられないものですから、唸りながら僕は上体を起こします。ベッドの横には一人分の空白が残るだけ。薄情な誰かさんを探そうと、開ききらない瞼の隙間から部屋を見渡して、右、左。 でも目に入ってくるのは、灰色のコンクリート、ガラスのない窓。窓の向こうには寒々しい空気と朝の静けさ、この街を年中覆う灰色の空。一人ぼっちのベッドの上で見るそれらは随分と寂しいものでした。だから、少し身震いした後、僕の中に残った熱を探します。 それは首筋に残った僅かな痛み。なぞるように指をつつ、と当てて。感触が微かに残っているのを確認します。嬉しくて、くにくにとその部分を押したりなんかして。そうする中で、次第にリフレインする昨晩の感触。 宵闇の中で、サイドチェストの上のランプだけを灯して。陰影の深いその大きな身体が仰向けの僕に覆い被さって、繋がっていた時間。何かを奪いながら、与え続ける時間。 でも、小柄な僕が圧迫されて苦しくないよう、体重をかけ過ぎないようにする貴方。そんな必要は本当はなくて、征服者である貴方には、もっと重く、強く、深く僕のことを奪って欲しいのに。僕がただの道具になってしまうくらいに、強引に。でも、そんな風に思っていても、いつだって優しすぎる貴方は普段、僕を壊してはくれません。 ですが昨晩、少しだけ貴方は僕の願いを叶えてくれました。終わりに向かって互いの熱が急速に高まっていく中、不意に垣間見えた貴方の中の獣性。 上で必死に腰を動かしながら、低く、苦しそうな声を上げる姿がとても愛くるしいと、そう思って頬に僕が手を伸ばしたら。貴方は切なそうな顔をして、それから僕の首筋に噛み付いたのです。 僕のウェアウルフ、どうぞ食べて。もっと僕を味わって。 声にならない声でそう懇願しながら、離したくないってその頭をかき抱いて。そのまま、深いところにある貴方のものが一際大きくなって、それから、長い時間をかけて果てていくのを中で感じました。放精するリズム、呼吸のリズム、鼓動のリズム。微かに混じる、ベッドのスプリングが軋む音。 ゆっくりと息を整えながら貴方は顔を上げる。光を浴びて輝くその金色の髪はひどく乱れて、愛らしく。その先から汗が雫となって落ちるのを、ぼんやりと僕は見上げる。自らの野性を曝け出してしまったことを悔やむような、恥ずかしがるような表情で貴方は謝罪の言葉をくれたのですけど。僕があの時涙ぐんでいたのは痛かったからではなくて、嬉しかったから。 思い返す中で、身体の奥が昨夜と同じ熱を持ち始めました。ベッドの近くに鏡台がもしあれば、自分が今、情欲と寂寥の入り混じった複雑な顔をしているのを見てしまっていたでしょう。僕という存在が全身で、貴方と繋がることを、使われることを望んでいました。 ここに貴方がいない。そのことが苦しくて、寒さも気にせず裸のまま、貴方を探しにベッドから出ました。歩くと身体の至る所で昨夜の残滓を一層感じ、それが尚更僕を昂らせ、惑わせました。足取りが興奮と痛みで覚束ないまま、部屋を出ました。
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