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冒険者登録試験終了
昨日と同じ裏庭の修練場で僕はアランとルーファウスの二人に見守られながら昨日と同じように四属性の魔術の練習をする事になった。
昨日は水魔法の『水球』しか的に届かなかったのだが、今日は全ての属性で的に当てる事ができた。これはとても幸先が良い。とはいえ当たっただけで的を倒す程の威力はないのだけど。
僕が繰り返し練習している傍らで、ルーファウスはやはり昨日と同じように難しい表情で考え込んでいる。まぁ確かに昨日一発目で暴発した無属性魔法に比べて四属性魔法の威力は段違いに劣っているから不思議に思う気持ちは分からない訳ではない。僕だって不思議だ。
なんであの時放った魔法だけ威力が桁違いに強かったのだろうか? あの時と今とで何が違うのかとぼんやりと考えて詠唱の有無か……? と思い当たる。
詠唱はその技がどんなモノかを明確にする為の術式だ、けれど僕が最初に魔法を放った時にはその術式は一切使わず、そのまま魔力を放ってしまった。けれど魔術という学問の中で言えば、術式を使えば魔法の威力はより強くなるはずで、詠唱を唱える事で逆に威力がなくなるというのは道理に合わない。
けれど、詠唱を使わない無属性魔法が己の魔力を直接削って威力を増すというのであれば、魔力量を気にしなければ強力な魔法を使えてしまう可能性もある訳だ。ただその場合魔力をどの程度持っていかれるのか僕には分からないので迂闊な事はしない方が身の為なのかな……
「まぁ、練習はそんな所で良いんじゃないか。あんまり練習しすぎて、いざ試験って時に魔力切れしてたら笑い話にしかならないからな」
そんな風にアランに言われて僕は頷く。そうは言ってもこの基本の四属性魔法の魔力消費は10程度らしいのでMax魔力が二万ある僕にとってはどうという事もないんだけどな。
僕達は連れ立って昼食を食べにギルド内へと戻る。それにしても二人は今日は一日僕に付き合ってくれるつもりなのだろうか?
「あの~お二人は今日のお仕事はしなくていいんですか?」
「ん? ああ、別に構わない。そんなに慌てて依頼をこなさなければ生活に困るほど私達の稼ぎは悪くない」
「俺達昨日も一件Bランクの依頼終わらせたばっかりだしな」
Bランクの依頼! それって一体どんな仕事なのだろう? 僕には当分先の話だろうけど、凶悪な魔物の討伐でもするのだろうか?
興味本位で聞いてみたら昨日の依頼は護衛任務だとアランは教えてくれた。
「この辺には目立って凶悪な魔物は少ない、だから魔物の討伐依頼は少ないんだ。その代わりに商人なんかの護衛任務が多くてな、タケルに会ったのはそんな護衛任務の帰り道だ」
「護衛任務がBランク?」
「確かに通常の護衛任務ならもっと低いランクでも受けられる、ただ今回商人が運んでいた商品が相当貴重な宝石類だったらしくてな、念には念を入れてのBランク任務だった。少しばかり盗賊なんかとも遭遇はしたが、比較的簡単な案件だったな」
そう言ってアランは屈託なく笑った。
今まで二人がどんな冒険をしてきたのか話を聞きつつ昼食を食べ終えると、いよいよ実技試験です! 緊張するな!
「そんなに硬くならなくていい」
「そうだよ、タケルなら間違いなく合格できるから」
高ランク冒険者の二人に代わるがわるそんな風に言ってもらって試験会場でもある修練場へと戻ると、そこには朝にも見かけた少年剣士が時間を潰すようにして待っていた。
彼も筆記試験は突破したようだなと嬉しくなってぺこりと頭を下げたら、一瞬ムッとしたような表情でふいっとそっぽを向かれてしまった。人見知りかな?
もう一人、筆記試験の時に一番最後に現れたのは高校生くらいの年齢の可愛い女の子だったのだが、その子も所在なさげに手に持った杖を握りしめて修練所の端に立っているので筆記は三人とも通ったのだろう。これで実技も通ればこの二人が僕の同期になるんだな!
しばらくすると試験官から声がかかり、僕は試験官の元へと小走りに駆けて行く。
「それでは今から実技試験を始めます。今日は剣士が一人、魔術師が二人か。じゃあ先に剣士のロイド君、前へ」
少年剣士の名前はロイドというらしい。少し緊張した面持ちで前へ出たロイドが剣を握った試験官と相対する。試験は一方的にロイドに攻めさせて試験官がそれを受けている。僕には剣技の良し悪しなんてよく分からないけれど、ロイドはなかなか剣をふるう姿が様になっていると思う。
最後に少しばかり試験官に攻め込まれてあわあわしたりもしていたが、試験は無事に終了、「合格」を言い渡されていた。ロイドは小さくガッツポーズで、可愛いなぁと思った。
「合格者は纏めて手続きの説明をするからロイド君はそこで待機、次は魔術師のアリス君」
「え、あ! はいっ!!」
二番手は遅れてきた女の子、名前はアリスというらしい。少しおどおどした感じの彼女はまたしてもきゅっと杖を握った。
そういえば僕、杖持ってない。魔術師ってやっぱり杖持ってるイメージだよなぁ、だけどそう言えばルーファウスも使ってなかった。
試験の内容は剣士の試験と同じ、一方的に攻めさせて試験官がそれを審査している。
「水球! っ、竜巻!!」
お! トルネードは初めて見る魔術だ、彼女の持った杖の先から水が螺旋状に伸びて試験官に向かって行く。試験官はそれをあっさりかわしていたけど、トルネード格好いいな! 僕にも使えるかな?
術式としては竜のように水が巻く、といった感じか? 水魔法+風魔法? もしそうだとしたら術式って意外と覚えるの簡単かも?
ロイドの時と同じで最後に試験官がアリスに魔術で反撃すると、アリスはそれを避けきれず小さく悲鳴をあげて尻もちをついて転んでしまった。
けれど試験結果は「合格」、彼女は転んでしまった事を恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑みを見せた。
さぁ、次は僕の番。僕は試験官にぺこりと頭を下げる。
「えっと、タケル君だね。君、杖は持ってないの?」
「必要ですか?」
そんな事は言われなかったから用意もしなかったけど、必要なのだとしたら困ったな……
「君が必要ないと思うなら別に無くても大丈夫だよ」
試験官にそう言われて、杖を持つ事で何かが変わるのなら今度ルーファウスにでも聞いて準備しないとなと僕は思う。というか今現在、僕にはそれを買う先立つお金がないのだからどうしようもない。だからルーファウスも何も言わなかったのだろう。
「では始めようか」
試験は前の二人と同じ、最初は一方的に攻めさせて最後に試験官が攻撃をしてくるのだろう。
僕は試験官との間合いを詰めて試験官を攻撃する。何故間合いを詰めたかと言われたら僕の魔術の威力はあまり強くない、飛距離がないからできるだけ近くで撃った方がいいのかなって思っただけ。遠くの的には当てるだけで精一杯だったからね。そして僕は先程見た『竜巻』も見よう見まねでやってみる。僕の術式の理解は当たっていたようで、威力はしょぼいが魔術は発動されたので、僕は心の中でガッツポーズだ。
よしよし、この調子ならもしかしたらアレもいけるかも。
防御一辺倒の試験官が攻撃に転じる、僕はその一瞬を見極めて「土壁!」と地面に向かって魔術を叩き込んだ。すると地面がむくむくと盛り上がり僕の前に壁を作って試験官の放った魔術を防いでくれた。
やった! できたぁぁ!!
「これは……文句なしに合格だ」
試験官が少し驚いたような表情でこちらを見ている。やった! 合格!!
これで僕も今日から職業「冒険者」だ!
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