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冒険者にはなれたけど
この世界の身分証には魔法がかかっている。
内容としては名前・年齢・種族・職業が書かれただけのシンプルな物なのだが、何か罪を犯せば印が付くし、歳をとれば年齢も書き代わる。もちろん職業が変わればその職業も変わる訳で、今まで僕の職業は『迷子』だったけれど、晴れて冒険者となった僕の職業は『冒険者』に変わると思ってた。だけど現在僕の職業はといえば……
「『迷子の冒険者』ってどういう事!? なんで迷子外れないんだよ!?」
「ははは、タケルはまだ冒険者の仕事をしてないからじゃないのか? そのうちただの『冒険者』に変わると思うぞ」
そう言ってアランは大笑いしながらフォローにもならないフォローを入れてくれた。
冒険者ギルド登録試験が終わってワクワクしながら確認したらこれだよ、ホントがっかりだ。くっそう、こうなったらさっさと依頼を受けて本物の『冒険者』になってやる!
僕は一通りの手続きを終えて冒険者ギルドカードも貰って、さっそく依頼を! と思ったけれど「今日はやめとけ」とアランとルーファウスの二人に止められた。
「何でですか? 僕はすぐにでも冒険がしたいです!」
「君の魔力量が心配だからダメ」
ルーファウスが頑なに首を振る。でも魔力量が心配ってどういう事? 僕の魔力量が多い事はルーファウスも分かってるはずなのに。
「君が今日突然試験で使った魔術は中級魔術で魔力消費も多かったはず、今は元気でも魔術を連発すれば魔力はすぐに枯渇する、君は自分の限界値をまだ理解してないから、今日はダメ」
「ホントそれな、危なっかしくて見てられん」
えぇぇ……
「今日使ったのってトルネードとアースウォールですか? あれってそんなに魔力消費する魔術なんですか? なんか、やってみたら簡単に出来ちゃいましたけど」
「その二つはそもそも簡単に出来ちゃう魔術じゃないんだよ、君、今まで魔術は全然使った事ないって言ってたよね? なのに何で出来ちゃうの? それにトルネードはともかくとして、なんでアースウォール? どうやって覚えたの? 教えてないよね? 術式知ってたの?」
詰め寄ってくるルーファウスの笑顔が怖い。
「魔術の事は俺には分らないが、お前の戦い方も問題ありだったぞ、なんで魔術を使いながら敵との間合いを詰める? 魔術師が前衛に出るなんてあり得ないだろうが、お前は一から戦闘の何たるかを覚えた方がいい」
アランにまで説教をされてしまって、せっかく試験に合格したのにしょんぼりしてしまう。そんな事言われたって、出来ちゃったものは仕方がないし、攻撃だってそうした方がいいかなって思ってやってみただけで、そんなに駄目だしする事ないだろう……
「はん、甘やかされてんなぁ」
黙りこんでしまったしまった僕の耳に届いた声。顔を上げたら一緒に試験を受けた少年剣士のロイドと目が合った。彼は何やら睨み付けるようにしてこちらを見ていたのだが、目が合うとふいっと視線を背けて何処かへ行ってしまった。
同期の冒険者として仲良くなれるかと思ったのに、何故かすでに嫌われている? 僕、何か彼の気に障るような事をしたのだろうか? 心当たりはないのだけれど……
「さっそくライバル視されてるな」
「ライバル視?」
「まぁ、君と彼とはこれから同じレベルの依頼を取り合う商売敵みたいなものだからね、仲良くやればいいと思うけど冒険者ってのは負けず嫌いも多いから」
「それにさっきギルド職員にチラッと聞いたが、三人の中で筆記試験はぶっちぎりでお前が一番、実技に関してもお前が一番有望だって言われてたからな。年齢だって向こうの方が上なんだからそりゃ面白くないだろうさ」
何てことだ! まさかそんな事でライバル視されるなんて! どうりで睨まれる訳だよ……同期同士仲良くなれれば向こうは剣士、僕は魔術師、チームバランスがちょうどいいなんてちょっと思ってたのに。
「あ、あの……」
ん? 今、どっかで声がした?
「あのっ、タケル君!」
「え? はいっ!」
「あの、私、さっき御一緒したアリスと申します。あの、同じ魔術師同士、これからよろしくお願いします!」
振り返ったら目の前で思い切りよく頭を下げられ僕は面食らう。
「あ、はい。こちらこそ」
うまい言葉が出てこない、これだからコミュ障は……と、自分で自分に呆れながらも言葉を探す。けれど僕が言葉を見付けだすより早くアリスがもじもじと僕の背後に目を向けた。
「それで、あの……タケル君と一緒にいらっしゃる先輩方、Aランク冒険者のルーファウスさんとBランク冒険者のアランさんですよね!? 私、前から御二人に憧れてて、あのっ、握手して貰っていいですか!」
あ、メインターゲット僕じゃなかった……用があったのは二人にか。それにしても憧れって、二人はそんなに有名人なのか?
握手を求められた二人は慣れた様子でアリスと握手を交わして、二言三言試験での講評を彼女に告げる。するともうそれだけでアリスは満面の笑みで何度も何度も「ありがとうございます!」を繰り返していて、これは本当に二人の大ファンなんだろうな。
促されるように彼女に別れを告げても彼女の瞳は僕なんか見てやしない「あの子とはうまくやれそうで良かったじゃないか」なんて、アランには言われたけど、そうかな? 彼女が話したかったのはアランとルーファウスで僕のことなんて眼中になかったように思うんだけどな。
「あ、そういえば、ルーファウスさんに聞こうと思ってた事があったんですよ」
「ん? なに?」
「僕にも杖って必要ですか?」
単刀直入に僕が問いかけるとルーファウスは少し考え込んでから「今の所は必要ないかな」と返して寄こした。
「そうですか……そもそも杖って魔術に必要なんですか? ルーファウスさんも使ってないですよね?」
「私は必要に応じて使っているからね、一応持ち歩いてはいるんだよ、ほら」
そう言ってルーファウスがローブをめくると、そこには規則正しく並んだ短い杖が三本、裏ポケットに収まっていた。
「三本も使うんですか?」
「必要に応じて使ってるって言っただろう、昨日君に見せた魔術くらいなら本来杖なんて必要ないんだ、だけどこっちの杖には魔力増幅の魔術が付与されているし、こっちには攻撃力アップの魔術が付与されてる、もう一本はいざという時の為の予備」
なるほど、この杖は普段は使わなくても戦闘中なんかには役立つ杖という事か。
「いずれ僕にも必要になりますか?」
「そうだね、自分の伸ばしたい方向が見えてきたらそれを補う意味で用意すればいいんじゃないかな」
そうか、杖ってそういうものなんだ……
「でも、そうしたらさっきのアリスさんって、同じなりたて冒険者ですけど、魔術師としては僕より全然先輩だって事ですね」
「ん~確かにそうかもね、彼女は既に方向性が決まってるから、それに特化するしかない。彼女の属性魔法は水、あと少しだけ風も使えるのかな。だから杖は水魔法強化、ついでに言うとコントロールが少し悪いみたいだから、それもあるのかな」
「コントロール?」
「そう、杖って言うのは本来どんな棒でもいいんだ、例えばそこに落ちてる木の棒だって杖だと言い張れば杖になる。コントロールだけで言えばこれで充分」
そう言ってルーファウスは落ちていた木の棒を拾い上げる。
「狙った場所に狙い通りに魔術を撃ちこめる技量と動体視力、タケルはそれを既に持っている、だけどそういう技量がない場合は、これで場所を指し示し、照準を合わせる、そして、放つ」
ルーファウスが小さな小石に狙いを定めて小さな水球を小石に向けて放つ。確かに彼の持つ木の棒の先からそれは放たれたと思う。
なるほど、杖は照準器にもなるのか!
「だけどこの棒はそうは言ってもただの木の棒だ、だから多量の魔力を通すと……」
そう言って今度はルーファウスは棒を空へと向け竜巻を放った。するとトルネード自体は空に放たれたものの、木の棒は木っ端みじんに粉々になってしまった。
「まぁ、こんな感じに魔力に耐え切れずに木の棒は壊れてしまうんだ、だから杖ってのは自分に合ったものを慎重に探した方がいい。タケルも杖が欲しいなら、何度でも店に足を運んで、自分に合いそうな杖を探すと良いよ」
おおお、杖って奥が深い! ただやみくもに買えばいいって物じゃないんだ。よし、これからはそういう良い物をちゃんと見極められるように勉強しないとだな。
ん、でも待てよ。よく考えたら僕『鑑定』スキル持ってるよな、アレってもしかして自分のステータスを見るだけじゃなく、商品なんかの鑑定も出来るのでは……? でも、どうやってやるんだ?
鑑定、鑑定、と心の中で何度も唱えていたら唐突に目の前にフワッと画面が浮かび出た。
「うわっ!」
「ん? どうした?」
驚いた僕が声を上げると、目の前の二人に重なるように画面に文字が浮かび上がる。
『アラン 熊獣人のBランク冒険者 86 ♡』
『ルーファウス エルフのAランク冒険者 132 ♡』
え? え? なにこれ? ナニコレ!? 怖いっ!
辺りを見回して見ると道行く人達の頭上はもちろん、店先に売っている売り物にも、それこそその辺に落ちている小石にまで何重にも重なるようにウィンド画面のようなモノが開いて文字が浮かび上がっている。
うわぁ、何だこれ、気持ちが悪い。個人情報がダダ洩れだ。
しかも種族の表記や冒険者ランクの表記は分かる、けれどその隣の数字と♡マークの意味が分からない。何だこれ?
アランとルーファウスの二人の♡マークの中はうっすら桃色に染まっているけれど道行く人の♡マークは無色だったり、そもそも♡がない人もいるし、何なのだろうか?
「おい、タケル大丈夫か? 何か虫でも飛んできたか?」
「あ……はい、ちょっとビックリしちゃって」
僕はアランの言葉にとっさに頷く。そして気を取り直すように頭をふったら画面も文字も綺麗に消えて、辺りは普通の日常風景に戻った。
ああ良かった、ずっとあのままだったら情報過多で頭がパンクする所だったよ……
どうやら頭の中で考えるだけで鑑定スキルは発動するという事を理解した僕は、使いどころには気を付けようと思いながら、心配そうにこちらを見やる二人に大丈夫だと笑って見せた。
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