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小遣い稼ぎに成功しました!
籠の中には見た事のあるような野菜と、見た事のない野菜、それに多少の魚や肉も乱雑に放り込まれていた。生ものをこんな無造作に常温保管していて大丈夫なのかと少し不安になったのだが、何のことはない、籠に魔術がかけられていてきっちり鮮度は保たれているらしい。やっぱり魔法って便利だな。
僕はひとつひとつの食材の傷み具合を確認しつつ、それがどんな食材であるのかをラナさんに教わっていく。見た事のあるような野菜は僕の知っている名前とは違っているものの概ね自分の知っているものと代わりがなく、見た事のない野菜もその味や調理方法を聞けば、大体どんなものかは想像できた。
これならイケる、と僕は確信する。
けれどひとつ困った事にキッチンにあった調味料がとても少ない。塩と酢と胡椒はあるけど砂糖がない。ラナさんに聞いたら甘味は蜂に似た魔物が採取する蜜で出すのだそうだ。
醤油や味噌のようなものはないのかと尋ねたら、存在はしているらしいのだがここにはないと言われてしまった。どうやらそれらはこの辺りの土地ではあまり浸透していない調味料のようで、使い方が分からないからとラナさんは言った。料理の幅が広がるのにもったいない。
だけど、知らない調味料なんて手を出すのには勇気がいるよな。その気持ちは分かるよ。買ってみて使えなかったらがっかりするもんな。
僕はとりあえず魚と肉を薄切りにしてお酢とオリーブオイルのような料理用の油でソースを作りカルパッチョを作ってみた。彩りに野菜を添えればそれなりに美味しそうに見える。
ラナさんに生の魚や肉は腹を壊すと注意されたから、さっと湯通しだけはしておいた。だけど、魔法で鮮度が保たれてるから生でも全然イケそうな気がするんだけどな。
他にも簡単に塩コショウで味付けした野菜炒めなど数品作って、僕はアランとルーファウスの元へと戻る。とりあえずは僕の味付けがこの世界に通用するのか試してみないとだからね。
僕が二人の前に皿を並べると、他の冒険者達もこちらのテーブルを覗き込んでくる。野菜炒めはともかく、カルパッチョは珍しいみたいだ。
「僕が作った料理、食べてみてくれますか?」
「それはもちろん、どれも美味しそうだ」
ルーファウスとアランはそう言って、僕の料理を口へと運ぶ。一口目、固唾を飲んでその光景を眺めていたら「そんなに見られていたら食べにくいよ」と笑われてしまった。
「お、これ滅茶苦茶うまいな、初めて食ったけど、酒に合う」
カルパッチョを一口食べてのアランの言葉に僕はホッと胸を撫でおろす。
「こちらの野菜炒めも美味しいですね、タケルは料理が上手なんだね」
「本当に美味しいですか? お世辞とかは抜きで!」
「美味しいよ、なんで?」
「ここで料理を振舞うとお駄賃をいただけると聞きまして! どうせ作るのなら皆さんが美味しいと思うものをお出しできればと思ったんですけど」
僕のそんな言葉にルーファウスは「まさかここで商売でも始める気?」と苦笑した。
「商売って程ではないですけど、料理をするのはそれほど苦ではないので少しでも貯金ができればと思いまして、駄目ですかね?」
「いいんじゃないか。これ本当に美味いしな。ほれ、タケルお駄賃だ」
そう言ってアランは数枚の小銅貨を僕の掌に乗せてくれた。
おおお、やったぁ!
「タケル、何もそんなに焦ってお金を稼ぐ必要はないでしょう? 衣食住で困るようでしたら私やアランが援助する事もできますし……」
「でも、それって借金ですよね? 僕、そういうのあまり好きじゃないんです。お二人に頼りすぎるのもご迷惑になりますので、一日でも早く自立できるように頑張りたいんです!」
僕のそんな言葉にルーファウスは少し複雑そうな表情を見せる傍ら、周りの冒険者さん達は「お、坊主はしっかりしてんな、そういう事なら俺も駄賃をやるから何か作ってくれよと」とそう言ってくれた。
やった! さっそくお客さんゲットだぜ!
そんなこんなで料理を作って振舞って、元手は0円なのに幾らかのお駄賃を手に入れた僕はホクホク顔だ。依頼をこなす事で一日の最低ラインの生活はできるが、やはり貯金は大事だと僕は思うんだよね。
キッチンに置かれていた籠の中の食材はほぼ端材と言って差し障りのないものばかりだったのだけど、一時節約料理にはまった時に大根の葉や果物の皮を使ったレシピを覚えていた事もあって僕はその端材で幾つのかの料理を作り冒険者の皆さんに食べてもらう事に成功した。
貰えるお駄賃はチップみたいなもので、小銅貨を数枚握らせてもらっただけだけど、それでもこれだって労働の対価だ、嬉しい。
この世界に紙幣はなく、お金と言えば硬貨、そのせいか大量に持ち歩くには重い少額の硬貨を彼等は気前よくチップとして渡してくれるのだ。これは本当にいい小遣い稼ぎになりそうだ。
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