j.ジャック/ジャックの豆の木

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j.ジャック/ジャックの豆の木

 ジャックの名前の元になった人物は偉大だ。  はるか昔、天まで届く豆の木を育て、天空の巨人を倒し、その財宝を地上に持ち込んだ英雄、その人の名がジャックだった。    ジャックの父と母は、初めて生まれる息子に、多大なる期待を込めてジャックと名付けた。  彼らが初めての子に多大なる期待を寄せたのには理由がある。子が生まれる10日ほど前の嵐の夜に家に泊めた乞食の老人が、実は乞食の老人のふりをした魔法使いで、去り際に祝福を残していったからだ。  まるでおとぎ話のような出来事に出会った二人は、生まれてくる子はきっと偉大になるに違いないと大喜びし、生まれてきた子に有名な英雄の名前を付けた。  そうしてジャックはジャックになった。  ジャックには生まれたときから他の人間と違うところがあった。普通の人間と違って、ジャックの体にはところどころに木の葉が生えていたのだ。  元々おおらかであった両親は、予言があったことも相まって、我が子が人と違って生まれた事をそれはそれは喜んで、この葉も何かを成す印に違いないと頷きあった。  ジャックはおおらかな両親にそれはそれは大事に育てられた。育つにつれ、肌が緑味を帯びてくる息子を、両親はそれでも大切に育てた。周囲はあの子供は呪われていると噂したが、そんな悪意を全て跳ね除けて、この子は何かを成すために生まれてきた、何かを成すんだから人と違うのも当然だろう、そう言って両親は日に日に緑色になっていく息子を愛し育んだ。  ジャックが大きくなりすっかり緑色になったとき、おおらかな両親はこう言って笑った。 「人間からドリアードが生まれてくることもあるんだねえ」  両親の働きかけのかいあって、すっかり周囲にも受け入れられたジャックは、すっかり人間ではなくなっていた。  おおらかな両親の愛をたっぷり受けて育ったジャックは、明るく利発な少年へと成長した。ジャックに多大なる期待を寄せていた両親は相変わらず期待しつつも、もし何も成せなくても、元気に生きていてくれるだけで十分だと笑った。ジャックは両親の願い通り何も成さなくても健やかに成長した。  ある日ジャックは、英雄がまいた豆がすくすく育って天を貫いたように、自分がまいた豆もすくすく育つのではないかと思い立ち、台所にあった豆をひとつかみ家の裏にまいてみた。  するとあら不思議。豆はすくすく育ち、あっという間にジャックの背丈を超える高さに育つと、大ぶりの実を付けた。天を突くほどには育たなかったが、大きな豆の木はたくさんの、もいでももいでもあっという間に成る不思議な実を付けた。  これにはジャックの両親も驚いて、これで豆はいくらでも食べ放題だと喜んだ。そしてもいだ豆を近隣にも配って回ったが、ジャック以外の人間が豆をまいてもあっという間に育つ事はなかった。  そこでジャックは村中に豆をまいて回った。豆の木はあっという間にすくすく育ち、それ以降村は大ぶりの豆で有名になった。  ジャックが13歳になった年、国全体がひどい干魃に見舞われ、全土でひどい飢饉が起こった。  水も植物も枯れ、動物は死に、食べるものがなくなった。人々は飢えに苦しんだが、ジャックの村だけは無事だった。ジャックの植えた豆は水がなくてもすくすく育ち、何度でもすぐさま大ぶりの実をつけたからだ。人々は豆を食べて生き延びていた。  14になった年、相変わらず干魃は続き、相変わらず飢饉も続いていたし、ジャックの村だけは豆で飢えることはなかった。ジャックは父と母に言った。 「僕が国中に豆をまいて回るよ」  そうしてジャックは、豆を持って旅立ち、立ち寄る先々で豆をまいて回った。ジャックが豆をまいた場所から飢饉が解消し、人々は活力を取り戻していった。  そうして次の雨が降る頃には、国は豆の国になっていた。  これが豆の賢者と呼ばれた緑色の少年の成した第一の偉業の物語だ。  父親は本を閉じるとすでに寝息を立てる息子に言った。 「だからお前もこんな立派な英雄になれるようにジャックと名付けたんだよ」  おやすみと額にキスをして、そっと部屋の灯りを落とした。    
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